天野姫花 次なる人格チェンジの実験!
私、竜太君、白雪、高林さんの四人は、竜太君の身体が眠る病室に折りたたみ椅子を並べ、会議を始めていた。
議題はもちろん。
「どうすれば姫花お姉ちゃんたちを元に戻せるか、かぁ」
「お二人の身体が目覚めないことには、四人揃ってなにかする、ということもできませんものね……」
「私と竜太君が元に戻る前に私たちの身体が目を覚ましても怖いけどね」
私がそう言うと、竜太君はピクリと眉を跳ね上げた。
「それなんだけどよ……高林」
「なんでしょうか」
「俺の指が動いたって言っていたよな?」
「ええ。一昨日の仕事帰りに、お見舞いに来たときの話ですけど」
「それって何時頃だ?」
「午後六時半前ですわ」
スマホの時計表記をチラリと見た竜太君の視線が、白雪に向かう。
「白雪ちゃん、その時間って俺だったか? それとも陽太少年か?」
「えーっと……」
なにを思い出したのか、白雪の顔が一気に沸騰する。そして、恥ずかしがりながらも答えた。
「陽太君から竜太さんになったのが、ちょうどそのくらいじゃなかったかな……ほら、一時間のクールタイムがあるかどうかを調べる実験してたから」
「……まだ、俺たちの身体の前で人格チェンジをしたことはなかったよな」
「そしたら私たち、元に戻れるかもしれない!?」
「やってみないことにはわからないけどな。それも、クールタイムが終わってからの話になるが」
仮説が一つ立ち上がったところで、私はすっと手を挙げた。
「最初にクールタイムが終わるのは私だから、私の身体で実験する?」
「姫花お姉ちゃんがそれでよければ、そっちの方がいいかも」
「といいますと?」
高林さんが首を傾げて、白雪が頷く。
「先に竜太さんを陽太君に変えて、その後で優花ちゃんに情報共有して、もし優花ちゃんが人格チェンジの実験を思いついたとした場合、またクールタイムが終わるのを待たなくちゃいけません」
「なんか悔しいが、それもそうか」
優花ちゃんに頼りっきりにならないようにしよう、という話の流れでなお、こうなっちゃうんだね……。でもまあ、それだけ優花ちゃんは頼りになるんだよ。
「でも、もし私の身体で優花ちゃんが目覚めちゃったらどうするの?」
これはさっき高林さんがドーナツ屋さんで言っていたこと。
「さすがにありえねぇだろ、って言えたらいいんだけどな……」
「もうなにが起きてもおかしくありませんものね」
「実験、やめておく?」
あ、私の言ったことがみんなの不安を煽っちゃったみたい。そんなつもりじゃなかったんだけどな。
「でも白雪、私たちはどのみち六時間後には強制人格チェンジが待ってるんだよ? どうせ起きることなんだから、やるしかないよ」
「いや、そういうことなら、先に俺から変えてみてくれ」
「竜太君?」
「もし俺から陽太少年への人格チェンジで陽太少年が俺の身体で目覚めるようなら、姫花は一旦病室……いや、病院の外で優花嬢ちゃんにチェンジ。んで、クールタイムをもう一度挟んで今度は姫花の身体の病室で優花嬢ちゃんをチェンジ。こうすりゃ、姫花の方は元に戻るだろ」
「なるほどですわ」
納得する高林さんと白雪。だけど、私はそれは嫌だ。
「待って竜太君、それじゃ竜太君と陽太君が入れ替わっちゃうじゃん!」
「まあ待て姫花。イメージとしてはむしろ俺たちの状態から双子組に切り替わるタイミングで病室にいた方が、俺たちの精神が元の身体に戻りそうな気はするだろう?」
「そ、そうだけど……」
「どのみちどっちかは事前情報なしで実験しなくちゃならねーんだ。だったら、その役目は俺が負った方がいい。……きっと、陽太少年だってそう言うだろ」
「それは……」
言われてみれば、この実験は陽太君と優花ちゃんも巻き込んじゃう。もし体と精神が入れ替わっちゃうとしたら、二人だってショックは大きいはずだ。
このとき、実験台になるのは陽太君の方がいい、とは私も思う。……陽太君には悪いけどね。
陽太君はなんだかんだ優花ちゃん想いだ。それに、日頃優花ちゃんからの理不尽に耐え慣れていることもあって、この人格同居現象で一番動揺していないというか、本調子からブレていないのも陽太君だったりする。白雪の気持ちに気づいてくれない鈍感なところはあるけど、図太さの裏返しだともいえるよね。
優花ちゃんだって、初日の段階で気絶や睡眠が人格チェンジの引き金だと気づいて、なにが起こるかわからない状況に対して準備できる強さはある。でも、前に陽太君が竜太君に宛てた置手紙にあるように、それは不安症からくるものだから、本来ならあんまり負担を与えちゃいけないんだ。
私でも同じことができるのに竜太君を危険な目に遭わせるのは嫌だけど……。セットで陽太君と優花ちゃんまで巻き込む以上、ここは男の子たちを信じるしかないよね。
「……わかったよ」
なんにもできないことが、辛い。
「俺だって怖いけど、姫花が祈っててくれるなら頑張れるから。な?」
そんなことを言う竜太君に、頭を撫でられた。心を見透かされたみたいで……それ以上に嬉しくなってる自分が悔しい!
「こういうときばっかり、そんなこと言って……」
ずるいよ。そう口を尖らせたら、竜太君はニヒルに笑った。
「アラアラー、見セツケテクレマスワネー」
……なんで私たち以外の人がいること忘れてたんだろう……!
頬を赤くしながらも引きつらせるようなニヤニヤ顔を浮かべる高林さんに、白雪がとんでもないことをリークした。
「あの人姫花お姉ちゃんのことどうやって口説いたか知ってます? 二度目の再会で『あなたの笑顔が忘れられなくて』ですよ」
「え……それはちょっと引きますわ……」
「ですよねぇー」
「おいなんてこと言ってんだ白雪ちゃん、つーかまだそんなこと憶えてたのかよ!?」
竜太君が真っ赤になって叫ぶ横で、私も驚愕の事実に突っかかる。
「っていうか白雪『ですよねぇー』ってなに!? あのとき興奮して柱に隠れて『悪い人ではなさそうだけど……』って背中押してくれたじゃん!」
「逆だよ!? ちゃんと『やめておいた方がいいんじゃない?』って言ったじゃん! 聞こえてなかったの!?」
私がなにか言うより先に、竜太君がさっと視線を逸らした。
竜太君はそのときちゃんと聞こえていたらしいけど、私は浮かれて聞き逃していたようだ。……まさかあの悲鳴が悪い方の悲鳴だったなんて。
「と、とか言ってるうちにクールタイム終わったぜ! さ、さあ早く俺を人格チェンジしてくれ!」
「あっ! 逃げるために使うとかずるい! やっぱり先に私がやるー!」
「もう一生やってればいいと思うよ」
「白雪さんが疲れきってますわよ!? もう少し緊張感持ったらどうなんですの貴方たち!」
こうして高林さんを本格的に巻き込みながら、私たちの人格チェンジ実験はさらなる段階に進むのでした。
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