神原優花 根本的解決への兆し
白雪、陽太と文房具を買いに来た駅前ビルの文具売り場にて、あたしは高林さんへ、敵意を隠さずに尋ねた。
「いったい高林さんは何者なんですか?」
「ちょ、優花ちゃん……!?」
さっきから見ていたけれど、別に悪い人ではないように思える。だが、榊さんの部屋を特定し、そこまで足を運んだ動機がわからない。
あたしたちに異様に距離感を縮めてこようとする以上、早めの対策が必要だろう。
「あら? なにかお気に障るようなことをしてしまいましたかしら?」
「いえ、ただやけに構ってくる人だな、と」
「それは皆さんといると楽しそうだからですの」
「そうですか……」
嘘をつかれたようには思わなかった。でも、誤魔化されているように感じてしまう。
「こちらからもよろしくて?」
「なんでしょうか」
「神原さんではなく、天野さんの方ですわ」
「わ、私?」
きょとんとする白雪に、高林さんは大きく頷いた。
「昨日、榊さんの彼女さん……つまりあなたのお姉さんお部屋のお掃除を頼まれた――そうおっしゃってましたね」
瞬間、あたしは舌打ちしそうになる。
「その姫花さんという方も同じ病院で入院していますけど、これはなにかの言い間違いですの?」
「そ、それは……!」
白雪が陽太を見るけど、あいつはろくに状況を飲み込めていないはずだ。榊さんに変えようにも、今はまだ切り替えてから二十分くらいしか経っていない。
タイミングが悪すぎた。
あたしも下手に口出しするわけにもいかず、黙っていると。
「わたくしは貴女たちの敵ではありませんの。昨日、榊さんのお部屋から出てきた手荷物を拝見してからは、ちゃんと身内の方だと信じておりますのよ?」
手荷物――おそらくは食材と、掃除もしたというからゴミ辺りかしらね。
まあたしかに、空き巣や泥棒には見えなかっただろう。
「ですので、もしなにか困っていることがあれば相談に乗りましてよ。遠慮せずに頼ってくださいまし」
いい人そうだよ、と白雪があたしを見る。
悪い人ではないのだろう。ただし、確認しておくことはまだある。
「そもそも、なぜ昨日高林さんは榊さんの家にきたんですか?」
「心配だったからですわ。他に理由がありまして?」
それに対し白雪が問いを重ねる。
「でも、竜太さんの家の住所、どこで知ったんですか? 本人は教えていないそうですが」
高林さんは、それに対して首を傾げた。……白雪、悪手よ今のは。
だって――。
「どこでって……救急車の中で、ですけど」
――ん?
「え、今なんて言いました?」
「ですから、救急車の中で、救急隊員の方が、榊さんの身元を確認するときに、わたくしもそこに居合わせたんですの」
……そういうことか!
姫花さんからあたしに人格チェンジして一時間が経ちそうな頃。場所は変わってドーナツが売りのチェーン店。
「本当にすみませんでした!」
やましいことなどなにもない、高林さんは姫花さんと榊さんの命の恩人だったのだ。
「よ、よくわかりませんが、とにかく頭をあげてくださいまし。むしろ学生さんたちにこんな恭しくドーナツ奢らせてる方が問題ですのに……」
恐縮しながら、きな粉味のドーナツを上品に囓る高林さん。
「う、さすがにあれだけ疑っておいてお詫びのひとつもしないというのは……」
穴があったら入りたいわ……。
「あらあら。わたくしったらいつの間に、いったいなにを疑われていたんですの?」
「その……榊さんのストーカーかと……」
「それはまたずいぶん物騒な想像をなさいますのね……」
「すみません……」
他に言う言葉が思い浮かばず、身を縮めていると、黙々とドーナツを食べていただけの陽太も頭を下げた。
「すみません。こいついつも深読みばっかするヤツで……」
「なんも頭回さないあんたに言われたかないわよ」
「だーからそうやってすぐ喧嘩しなーい!」
白雪が割って入ってきてもなお睨み合うあたしたちに、高林さんは小さく微笑む。
「元気なことはよいことですけど、多少は他のお客様のことも考えてくださいましね?」
肩を落とす私と陽太。
そんな私たちの隣で、白雪が話題を戻す。
「でも、まさか救急車を呼んでくれた人に会えるなんて思ってもみませんでした。姫花お姉ちゃんたちを救ってくれて、本当にありがとうございます」
「当然のことをしたまでですわ。お二人も順調に回復へ向かっているようですし、はや――」
刹那、あたし、白雪、陽太は揃って身を乗り出した。
「「「――今、なんて!?」」」
高林さんは仰け反って胸の前に手を出し、あたしたちを諫める。
「どうどう、落ち着きなさいな……」
あたしたちが椅子に座り直したのを見て、高林さんはため息をついた。
「順を追って説明した方がよさそうですわね。三日前、わたくしは仕事帰りにそこの歩道橋を通りかかりましたわ。そうしたら、歩道橋で悲鳴が上がりまして。見ればデート帰りらしき榊さんが彼女さんらしき人と転がり落ちていたのですから、それはもうびっくりしましたの」
「あれ? 榊さんと同じ職場なんですよね? 有給ってやつですか?」
「お店自体は毎日営業していますから、当然社員の休日も分散しますわ。わたくしは昨日と今日が休日でしたし」
こほん、と咳払いする高林さん。
「それで一昨日、仕事帰りに榊さんのお見舞いに行きましたら、午後六時半前くらいかしら? 一瞬だけ指先が動きましたのよ。それで、お医者様を呼んで。……結局わたくしの勘違いだったのかもしれませんけれど」
白雪が驚きの声をあげる中、あたしは頭の中で当該時刻を振り返っていた。
たしか一昨日のあたしたちは、人格チェンジの仕組みを解明しようと何度も入れ替わっていて、お昼過ぎには榊さんのご両親に事情を説明していたはず。
午後六時前となると……白雪のお母さんに、できる限り頻繁に姫花さんたちの様子を見に行くようお願いしていたあたりか。そのときは陽太と白雪が家のリビングにいて、人格チェンジを連発には一時間のクールタイムを挟む必要がある可能性に気づいて、十分おきに陽太の耳に息を吹きかけさせていたタイミングでもある。
もしかすると……もしかするかもしれない!
すかさず、姫花さんのスマホをチェックする。あたしと陽太のクールタイムは数分前に終わったところ、病院の面会時間はまだまだ余裕があった。
……今日中に、この仮説を実験できるか?
「……聞いていますの?」
「え……? あ、す、すみません……」
しまった、考えるのに夢中で高林さんの話を無視していた。
さすがにこれだけ無礼を働いてしまったからか、高林さんは眉間に皺をよせ立ち上がる。
「まったくもう。心配になる気持ちはわかりますけど、あまり気にしすぎると貴女が倒れてしまいますわよ」
――怒られる……?
あたしの方に近寄ってきた高林さんは、その場でフッと笑うと。
「もしかするとすぐに目を覚ますかもしれませんわ。今は辛抱のときですの」
その手を持ち上げ――!
「だからだいじょ」
まずい!
と思ったときにはもう遅い。
頭に高林さんの手の感触を覚えた刹那、視界が一気に塗り替わる。
「うおっ……」
陽太の驚く声に続いて、高林さんの落ち着いた声も聞こえた。
「やはり、反応するようですのね」
目の前には、あたしの首に中等部の制服のリボンタイを回していた白雪の顔。
甘ったるい匂いに慣れていた鼻を、独特な消毒剤の臭いが刺激する。
ここは……病院?
すぐそばには、姫花さんの身体が眠るベッドがあった。
――なるほどね。
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