天野白雪 人格チェンジポイントを探せ!
昼下がり、人の賑わう駅前ビル。その館内全フロアマップを見ながら、私たちは難しい顔で唸っていた。
右隣りには竜太さん。左隣には姫花お姉ちゃん。
もちろん二人は陽太君と優花ちゃんの身体でここにいる。
「二人を人格チェンジさせられる場所って、どこがいいんだろう……」
「なあ白雪ちゃん――」
私の呼び方を間違えた竜太さんにギロリと視線を向けると、竜太さんはびくりと肩を震わせて訂正した。
「じゃねえや、白雪」
「気をつけてよね、陽太君?」
昨日は高林さんという人との遭遇により途中でうやむやになっちゃったけど、本来なら竜太さんと姫花お姉ちゃんは、それぞれ陽太君と優花ちゃんになり切ってもらう必要がある。というわけで、二人の演技指導も今朝から再開しているのだ。
「それで、どうしたの?」
「僕たちのタイムリミット、大丈夫か?」
「えーっとね――」
ちなみに、今朝目を覚ました際の人格は、陽太君と姫花お姉ちゃん。私の昨日の予想通り、陽太君は目を覚ましてすぐに「るまで、この状態でいるしか」って言ったらしい。
もうなんの話の流れか私も姫花お姉ちゃんも忘れていたけど、とにかく六時間経過の強制人格チェンジはこういうリスクがあるというのは身に染みて理解した。今回は状況を知らない人がそばにいなかったからよかったけど、これから先はどうなるかわからない。
今朝、陽太君は八時四十分ピッタリに私が耳に吐息で竜太さんに変えたから、竜太さんの人格を維持できるのは十四時四十分まで。
姫花お姉ちゃんは今朝七時二十四分に目を覚ましてそのままだから、十三時二十四分に優花ちゃんに強制人格チェンジすることになるわけだね。
「現時刻が十二時五十分だから、優花ちゃんがあと三十四分、陽太君があと一時間五十分だね。だから、もう優花ちゃんはすぐにチェンジしないとあとが怖いよ」
そういうわけで、私たちは安全に人格チェンジができそうな場所を探している……んだけど。
「姫花――さんだけなら女子トイレでいいんじゃないか、な?」
「呼称は陽太君と優花ちゃん統一って言ったよね、陽太君? リピートアフターミー」
「優花の方は女子トイレでいいんじゃないかな?」
「まあ優花ちゃんはね。でも問題は陽太君だよ。さすがに私たちが男子トイレに入るわけにはいかないし、チェンジ条件はあ~ん。服売り場の試着室だって二人で入るのはおかしいわけだし、どこかこう個室みたいなものは……」
見た感じ、なさそうだ。
どうしよう、と唸っていると、竜太さんが端の方を指差した。
「だいたいの客はエスカレーター使うだろうから、階段か、エレベーターならいけるんじゃないか? 最悪、どこかの店の中で商品棚の影に隠れて……とか、とにかく人通りのタイミングを見計らってその場その場でやっていくしかないだろ」
「そうねぇ。とりあえず白雪、そろそろ私を変えないとまずくないかしら」
姫花お姉ちゃんは、やっぱり優花ちゃん本人を知っているだけあってモノマネもそれなりのレベルだ。イントネーションがちょっとほんわかしていて、もう少し理知的というか、淡々とした言いかたになってくれたらな、とは思うけど、さすがに厳しすぎるのも辛いだろうし……。
とにかく、今は姫花お姉ちゃんを優花ちゃんに変えないと。
「そうだね。とりあえず、近場の女子トイレ行こうか」
こうして竜太さんを外に待たせ、私と姫花お姉ちゃんで女子トイレへ。誰もいなかったので個室には入らず、ポーチから出したリボンタイを構える。
「ねえ白雪、それ中学の制服のやつよね」
「うん。私ネックレスなんて持ってないし。高校に入ったら制服のリボンタイになるよ」
「まあ、カーテン留めるやつよりはいいかな……」
「カーテンタッセルね……それじゃ、今度は家でね」
「うん」
私は、姫花お姉ちゃんの首にリボンタイを回した。すると、姫花お姉ちゃんは右手を挙げて目元をこする。
「ん……おはよう、白雪。立った状態で目を覚ますのも危ないわね……」
「あ、ごめん。次は座れるところでやるね。とにかくおはよう、優花ちゃん。ご要望通りもう駅前のビルだよ。ここは四階女子トイレ」
「そう」
優花ちゃんは自分のポシェットを漁って、姫花お姉ちゃんのスマホを取り出した。時間が知りたかっただけみたいで、ロック画面を表示させただけですぐにしまう。
「お昼ご飯は食べたみたいね?」
「うん。私の家でスパゲッティ」
「そしてあたしのスマホは家に置きっぱなしと」
「あっ……! ごめん、確認させるの忘れてた……。もしかしたら、陽太君のもないかも……」
三人もいて誰も気づけなかったよ……。
「まあいいわ。とりあえず陽太? と合流しましょ」
「今は竜太さんだよ。ただ、タイムリミットはあと一時間半ちょっとってところかな」
と言っているうちに竜太さんと合流、優花ちゃんが淡々と尋ねる。
「じゃあ次は陽太への人格チェンジね。変える前に、なにか買い物あるならそっち寄るけど?」
「いや、大丈夫だ。誰もいないし、このまま変えちまうか?」
「そのつもりよ」
優花ちゃんはポシェットから使い捨てスプーンを素早く取り出すと、迷わずに開封して竜太さんの口に突っ込んだ!
「ぬぐっ」
「いくらなんでも乱暴過ぎない!?」
「変わればどうでもいいでしょ。陽太、状況わかってる?」
竜太さん――ううん、切り替わって陽太君――はコクリと頷いた。
「ん……さっき説明は受けた。もうここ駅ビルなのか……」
優花ちゃんは陽太君の口からスプーンを引っこ抜くと、ビニールの封ごと女子トイレのごみ箱に捨ててきた。
「さっきからやることなすこと迷いがないよ! やっぱり姫花お姉ちゃんとは全然違うよ!」
「白雪、あんまりあの二人の名前を出さないように気をつけなさいな」
「う゛っ……!」
そうだ、頼りになる優花ちゃんに無事変えられたからといって、気を緩めてはいけない。
いつ同級生が現れるかもわからない、近所の駅前ビルなんだ。
そう思ってるそばから、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「あら、奇遇ですのね」
「っ……!?」
つい悲鳴をあげそうになって、なんとかして踏みとどまる。
肩まで伸びた柔らかそうな茶髪。上品なお化粧。昨日とは違う、鮮やかな白のブラウスと春物スカート。
陽太君の背中越しに、こちらに歩み寄ってきたその人は……。
「今度は三人仲良くお買い物、ですの?」
高林月子さん来ちゃったぁぁぁぁぁぁ!
「あ……! こ、こんにちは……っ!」
どうしようどうしよう!?
昨日高林さんと遭遇したのは、私、姫花お姉ちゃん、竜太さんの組み合わせ。もちろん見た目は陽太君と優花ちゃんだけども。
そして今回、中身は見た目通りの陽太君と優花ちゃん。二人からすれば高林さんは初対面の人だけど、高林さんからすれば昨日の午前中会ったばかりの人。
今さっき人格チェンジをやったばかりだから、一時間は陽太君と優花ちゃんで乗り切る必要があるわけで、かといってまさか昨日のことを忘れていましたなんて言えないし……!
とにかく、ここは高林さんとの自然な会話の中で、私が陽太君と優花ちゃんに状況を伝えないと!
「え、えーっと、奇遇ですね! 昨日、竜太さんのお部屋の掃除をし終わったところで会って以来でしたっけ? えーと……お名前、高林月子さん、でしたよね?」
「え、ええ……合ってますけど……やけにぎこちない言いかたしますのね」
「あはは……」
うわああん無理くない!? これ一時間持つわけないでしょ!
ええい、でもやるしかないよね!
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