榊竜太 姫花の人格チェンジの真相は……?

 寄りかかってくる隣の身体は、優花嬢ちゃんのものだ。俺の身体だって、今は陽太少年のものだ。

 だが、こうしてソファに座って手を握り、寄りかかってきているのは、優花嬢ちゃんじゃない。ちゃんと姫花だ。

 姫花がそばにいてくれる。その幸せをかみしめていると、俺の手を握る姫花の力が弱まった。

 あ、こいつ眠いな?

「なあ姫花」

「……んー?」

 やばい、電池が切れかけている。いや、別にここで寝かせて運んでやってもいいんだろうが、まだやることが残っているのだ。

「まだ寝るな、優花嬢ちゃんから頼まれてることがあるんだよ」

「なにぃー?」

「姫花の恋愛フェティシズム、首にネックレス的なものを引っかけるやつなんだけどさ」

「カーテン留めるやつをネックレスと言ってほしくないけどね。それで?」

 それ、カーテンタッセルって言うんだぞ……とツッコミを内心で返しつつ話を進める。

「髪にヘアピンとかでも優花嬢ちゃんに人格チェンジするのか、試しておいてくれってさ」

「ほほう、なるほどね。ちょっと待ってて」

 姫花がリビングを飛び出して、しばらく。

「お待たせー」

 その手には優花嬢ちゃんのものと思しきヘアピンが二つ握られていた。

「どっちが似合うかな」

 赤と青の細いヘアピン。人格チェンジの実験のためならどっちでもいいんだが、そうだな……。

「こっちじゃないか?」

「んっ」

 姫花が首を垂れるように頭を差し出してきた。姫花の髪は長くてふわっとしているけど、優花嬢ちゃんの髪は短くてさらさらとしている。

 どこにつければ……まあ適当でいいか。

 額の横の髪に通す。そして数秒待ってから。

「まだ姫花のままか?」

「うん」

「ふむ……アクセサリーをつけるって意味じゃヘアピンもネックレスも似たようなもんだが……」

 髪に飾りではなく、首に飾りということに意味がある、というわけか。髪ではなく首。髪留めではなくネックレス。首にネックレス、首に輪っか……。

「まさか首輪ってことだったんじゃ」

 わんわん! 優花嬢ちゃんの見た目だと似合わんが、姫花はたしかに犬のイメージがある。

「なッ……! 竜太君ってば時々私のこと変態だと思ってる節ない!?」

 そう言われて、ぱっと思いつくことがある時点でアウトなのだろう。

「まあ――」

 せめてもっと過激にしてくれれば冗談やギャグなのかとツッコミも入れられるんだがなぁ……。

「あー……」

「否定してよッ!?」

 否定したいさ……こっちだって。ただ、度合いがこう、ツッコミを入れるには中途半端なんだよお前の場合は! だからガチの度合いとしか思えないんだよ!

「まあとにかく、今の結果を優花嬢ちゃんに伝えなくちゃいけないから、変わってもらっていいか?」

「わかった。じゃあ、次会うのは……えーと?」

 姫花が口元に指を添え、俺もカーテンタッセルを取りに行きながらスケジュールを思い出す。

 今日はこの後優花嬢ちゃんに変えて、俺が変わらなければ明日の朝は陽太少年と姫花の組み合わせで朝を迎えるわけだ。

「たしか、白雪ちゃんと陽太少年、優花嬢ちゃんの三人で入学準備に行くって話だったな。この後詰めておくから、明日の朝確認してくれ」

「うん。ありがと」

「まあ明日また会えるさ。じゃ、おやすみ」

「おやすみー」

 と言いながらカーテンタッセルを首に巻いてやる。

 すると、すっと落ち着いた表情になって。

「榊さん、ですよね」

「ああ」

 いざ冷静に人格チェンジのタイミングを見ると、自分もいよいよ慣れてきたのかな、なんて思ってしまう。

「姫花さんとのお話というのは、もう終わったんですか?」

「おう。姫花の人格チェンジの実験もしておいたぜ」

 優花嬢ちゃんはカーテンタッセルを握って立ち上がる。

「助かります。カーテンタッセルがあるということは、ネックレス以外では反応しないということですね?」

「ホント理解が早いねーちゃんだな……」

 そういえばまだ髪留めを取っていなかった、と、俺も立ち上がって優花嬢ちゃんの頭に手を伸ばす。優花嬢ちゃんは一瞬びっくりしたようだが、髪留めの存在に気づいてじっとしていた。

「ほい、借りてた髪留め。で、明日の予定は結局どうするんだ? 俺の急用は済まさせてもらったから、あとは他のメンツに合わせるけど」

「そうですね、開店時間や移動のことを考えると、午後の時間を私たちにください」

「おう、了解。なんかやっておくことがあれば、俺たちでやっておくけど」

 カーテンタッセルを元の位置に戻して、優花嬢ちゃんは少し考えた。

「じゃあ、白雪の行きたいお店付近まで移動しておいてもらっていいですか。外で人格チェンジすることにもそろそろ慣れたいですし」

「ん、了解」

 とは言ったものの、外であ~んってハードル高くないのだろうか。いや、俺は別にいいのだ、人格チェンジのためだと割り切っているから。

 でも高校時代にこの状況に置かれて、いくら人格チェンジのためにあ~んしろって言われていたら……。

「俺や優花はまあいいけどさ、優花嬢ちゃんたちは恥ずかしくないのか? 人前でカップルみたいなことするの」

「なにいってるんですか、人目のつかないところを探すに決まっているでしょう。道具が必要な榊さんと姫花さんはそのぶん手間取りますけど、それでも人格チェンジ自体は一瞬です」

 陽太少年は耳に吐息。優花嬢ちゃんは頭なでなで。俺はあーんで、姫花は首になにかを巻く。

 なるほど、言われてみればたしかにどれも数秒で済むことだ。

「学校での対策はおいおい考えていくとして、外出先での人格チェンジにおいて一番の山場は、いかに人目のつかない場所を見つけそこへ入り、人格チェンジ後にスムーズにそこから出ていくことを周りの人に怪しまれないか、です」

「オーケー、じゃあ明日、白雪ちゃんたちと出かけた先で、そのあたりもついでに探しておくよ」

「お願いします」

 こうして俺は、翌朝の陽太少年へ向けての書き置きを残し、ちょいとニュースなんかをチェックして、適当な時間に陽太少年のベッドに潜り込んだのだった。

 そして迎えた朝は、キッチンの台所。

 隣には白雪ちゃんがいて、ソファには優花嬢ちゃん――いや、いじっているスマホが姫花のものだから姫花か――が座っていた。

 白雪ちゃんと目を合わせると、白雪ちゃんはにっこりと笑って、

「おはよう、陽太君」

「いや白雪ちゃん、俺竜太なんだが」

「……あの、そろそろ陽太君のフリをするようにお願いしますね?」

 そういえば、高林に会ってからというもの、すっかり演技を忘れてしまっていたことを思い出す。

 ……大丈夫かな、学校。

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