神原優花 高林さん対策会議
昨晩、自分の部屋で眠りについたあたしは、チャーハンの匂いと共に目を覚ました。
目の前に陽太ないし榊さん、あたしの首にカーテンタッセル、ここは白雪の家のリビング、白雪と白雪のお母さんもいる。時刻は十二時三十六分。とりあえず外じゃないことに安堵した。
それにしても姫花さん、アクセサリーをつけてもらうことが人格チェンジのスイッチらしいけど、それってネックレス限定なのかしら。カーテンタッセルでも代用できる辺り、詰めておきたいところね……。
「おはよ、白雪」
「おはよう、優花ちゃん」
「切り替わったみたいだな」
頷きながらポケットを探り……姫花さんのスマホはあるけどあたしのがない。今朝は姫花さんの状態で目覚めてそれっきりとなるわけだから、あたしの部屋で充電しっぱなしか。
「白雪、悪いけど十八時三十分にアラームかけておいて」
「え、あ、うん。十八時半だね……」
白雪はスマホを操作してから、どこか申し訳なさそうな顔であたしを見た。
「あの、優花ちゃん。いきなりでなんだけど……」
「白雪ちゃん、俺から説明させてくれ」
そこに割り込むおそらくは榊さん。
「まず、状況説明からな。――今日の午前中、俺の借りている部屋に行ったんだ」
「もとよりその予定でしたね」
「そこに、俺の職場の同僚が来た」
コンマ一秒でよくないことだと理解して、一秒で色々と悪い想像ばかりが浮かんでいく。
「なっ……!?」
「まだ、バレてないと思う。けどまぁ、向こうからすれば、職場の同僚の家にそいつの彼女の妹を名乗る女の子が双子の友達連れて掃除しに来た――ってなかなかありえないこと聞かされたわけだからなぁ……ホントに信じてもらえたのかどうか」
「そうですか……同僚の人……バレるとまずいんですか?」
同僚と言われてもピンとこないけど、要するに同じ職場に勤める仲間、クラスメイトみたいなものなのだろう。いや、職員室での先生同士の関係性、みたいな方が近いのかしら。
そう思って首を傾げるも、榊さんもあまりはっきりしたことは言えそうにないのか、しばらく唸った。
「悪いやつじゃないが……バレたあと、どう動くかがわからない」
「どんな方なんです?」
「高林月子。俺と同期入社した女子社員で、けっこうハキハキものを言うタイプだな」
「ちょっと優花ちゃんっぽかったよ」
あたしっぽいって言われてもねぇ。
「とにかく、あたしと陽太のフリはしてくれたんですよね?」
「似てなかったけどね」
白雪が言って、榊さんは拗ねるように「悪かったな」と言い、
「まあとにかくそういうわけで、ここまでが状況報告だ。まあなんで高林が俺の借りてる部屋に来たのかって疑問は残るが、それはまあいい。それより、一つ試してみたいことがある」
「なんですか?」
「まだ、二人揃って階段から落ちるって実験、やってないよな?」
「そりゃまあ……やるならそのときの中身は榊さんと姫花さんにするべきでしょうし、痛い思いさせて元に戻らないかもしれませんから、言わなかったんですけど」
打ち所が悪ければ死んだり骨折したりというリスクがある中で、気絶やら恋愛フェティシズムやらで人格チェンジができるとわかったのだ。無理にやってみる必要もない。
でも案外、それで元通りになるかもしれない。こればかりは試してみないとわからない。
「あたしは一回くらいやってみてもいいと思ってます」
しかし。
「ダメです」
私と榊さんの前にできたてのチャーハンが置かれて、白雪のお母さんが口を挟んできた。
「優花ちゃんと陽太君のご両親から二人の身の安全を任されているんだから。お願いだから危ないことはしないでね?」
「す、すみません……」
そう言われてしまえば、謝るしかないわよね。
「で、優花嬢ちゃん。今晩、姫花と話する時間くれないか?」
「いいですよ。どうせ夕飯前にはあたしも陽太もタイムリミットがくるでしょうし」
「助かる。じゃあ、そろそろ陽太少年と変わるから。白雪ちゃん、頼む」
榊さんがチャーハン用のスプーンを白雪に渡す。
「お昼ご飯食べないんですか?」
「昨日はたしか昼飯も夕飯も俺が味わっちまったからな。今日は両方陽太少年に譲りたいんだが」
「わかりました。優花ちゃん、竜太さん変えちゃっていい?」
なにか言っておくことあったかしら、と頭を巡らせて、頷いた。
「あ、その前に一つだけ。今晩姫花さんとのお話終わったら、ネックレス以外の方法で人格チェンジするかどうか試してもらっていいですか?」
「わかった。髪留めかなんかでいいか?」
「はい、とりあえずそれでいいです。――じゃあ白雪、お願いね」
「うん。じゃあ人格チェンジしますねー」
白雪がそう言って榊さんの口にスプーンを雑に突っ込む。こうして竜太さんは陽太になったようで、白雪の頬がちょっと赤らんだ。
「白雪、榊さんが陽太と人格チェンジした瞬間とかわかるわけ?」
「その、スプーンの噛み具合で……」
なるほどねぇ……。あたしは親友が想い人に熱を挙げているのを横目に、両手を合わせた。
「とりあえず、冷めないうちにお昼にしちゃいましょ。いただきます」
「あ、うん! 神原君、日付は同じで今はちょうどお昼ご飯で――」
白雪が陽太に状況説明している間、あたしは卵たっぷりなチャーハンを味わいながら白雪を観察する。
声音が、榊さんと話しているときより明らかに緊張したものだ。
どこか照れというか、上擦った感じ。
陽太が好きというのはあまり理解できないけど、好きな人を前にしてそうなってしまう気持ちは分からなくもない。
「……でも、困ったことになったわね……」
「優花ちゃん? どうしたの?」
陽太に午前中の説明をしている途中で、白雪がこちらを見た。だから、なんとなしに言っておく。
「白雪あんた、榊さんと陽太相手でわかりやすいくらい雰囲気変わるわね」
「そそそ、そんなことないよ!? なに言っちゃってるの優花ちゃん!」
「……まあいいわ」
よくはない。
榊さんと陽太は、当人同士は赤の他人という関係だけど、見た目的には一心同体なのだ。なにも知らない人からすれば、白雪が陽太相手に突然態度を急変させたようにも見えてしまうだろう。
かといって、白雪に意識しすぎないようにしろっていうのも酷な話でしょうし……。
「――とりあえず、お昼食べたらこれからのことについて話し合いましょ」
そう言って、のんびりとチャーハンをかきこんでいく。
……外出中に人格チェンジする場合のルール決めをしておきたいわね。
……人格チェンジする四人のスケジュール、うまく調整する方法はないかしら。
考えることは山積みだ。
白雪が陽太とお喋りするのをBGMに、あたしはいつものようにあれやこれやと頭を巡らせて始めた。
そうして十八時半、あたしは白雪に姫花さんと榊さんへの伝言を伝えたうえで、白雪に頭を撫でてもらい……刹那。
目の前にいた白雪が陽太――たぶん榊さんだ――に変わって、またしても首にカーテンタッセルが巻かれていた。今度はあたしの家のやつだ。
「榊さん、ですよね」
「ああ」
「姫花さんとのお話というのは、もう終わったんですか?」
「おう。姫花の人格チェンジの実験もしておいたぜ」
榊さんの顔は、どこか少しだけ紅潮しているようにも見えた。
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