天野姫花 居候人格としての決意
「ひょう!?」
と奇声を上げた私は、神原家のリビングで、竜太君と白雪から、これまでのできごとを聞いていた。
「なるほどね~……」
白雪のボロボロっぷりも、ただ興奮していただけだったんならまあいっか。
「で、姫花。空腹感とかあるか?」
白雪が「そこは姫花さんです」と口を挟み、竜太君が「一旦休憩にさせてくれ……」と項垂れる中、私は言われて口の違和感に気づく。この香りは、お母さんが作った麻婆豆腐!
「ん、私たらこスパゲティ食べたはずなのに麻婆豆腐食べた感すごい」
「身体の感覚は共有……と」
そっか、お昼ご飯食べたつもりになってたけどもう夜の八時半だ。おお、夕飯まだ食べてないのにちゃんと食べたこのなんか不思議な感覚面白いな。
「この後、私はなにをすればいいの?」
「ん? 姫花の恋愛フェティシズムを探すことくらいだ。あとはまあ、俺たちが陽太少年と優花嬢ちゃんになりきる練習をしてくれってさ」
「――了解したわよ」
優花ちゃんっぽく返事したつもりだけど、白雪は奥歯にものが挟まったような顔をした。なにかが違うらしい。
白雪は乾いた笑いを浮かべて、
「とにかくあとはよろしくね。私、そろそろ帰るから」
「うん! おやすみ、白雪」
「おやすみ~」
こうしてリビングに残った私と竜太君。
「飲み物、そのままお茶でいいか?」
「うん、ありがと~」
優花ちゃんの飲みかけのコップに、竜太君がペットボトルのお茶を注いでくれる。
「……姫花はさ、こんな状況になって、どうだ? 辛いか?」
あれ、珍しく調子悪げな声色だ。
「ううん? 竜太君は? 辛いの?」
「俺は……そうだな、辛いわけじゃないけど、不安はあるな。なにより、白雪ちゃんたちとどういうスタンスで一緒にいりゃいいのか、悩むな」
「う~ん……スタンス、かぁ」
竜太君は難しいことを言う。でも、私たちは大人として――身体を借りている身として、たしかにそれはちゃんと考えないといけないことだよね。
「姫花はどうだ? こういう状況になって」
「私は楽しいよ?」
「即答だな……」
「当たり前でしょ? そりゃあ優花ちゃんたちにとってはたまったもんじゃないかもしれないけど、こんなことにならなきゃできないことがたくさんあるじゃん」
竜太君の私を見る目が、真剣なものになった。
「竜太君と一緒に学校生活を送れる。白雪もいる。こんな不思議なシチュエーション、こんなことにならないとありえなかったんだよ? そりゃ、どうせなら自分の身体で、竜太君も竜太君の身体でこんなことができたら最高だけどね」
私は食卓の椅子から立ち上がって、ソファの背もたれに腰を押しつけた。
「視界が一気にぎゅんって変わって、いつの間にかご飯も食べていたりして……まだ知らない怖いことはたくさんあると思う。けどさ、竜太君がそばにいて、竜太君と一緒に感じることなら、それは嫌なことじゃないんだよ」
私は右手を出して、指を折っていく。
「お仕事で失敗しちゃったことを話したら、竜太君が慰めてくれた。デート中に通り雨がきたとき、竜太君と二人きりで雨宿りした。あとはなんだろ? すぐ思い出せないだけでいっぱいあると思う。でもほら、竜太君がいればなにがあっても全部思い出になるよ!」
「姫花……」
あんまりじっと見つめられるのは恥ずかしいんだけどな。
「不安だけど嫌じゃない。怖いけど嫌じゃない。だからそうだね……私の白雪たちへのスタンスは……うーん、なんて言えばいいんだろ」
「――この子たちにとっての心強い存在になること?」
「そう、それ! いいこと言うじゃん竜太君!」
竜太君は陽太君の顔で爽やかに笑って、
「ありがとう姫花。おかげで気合入った」
左手を開いて右拳を思いっきりぶつけるのは、陽太君の見た目だからか似合わなかった。陽太君はこういうタイプじゃない。
だけど、その奥に竜太君の姿が見えて、そっちはとっても頼もしかった。
竜太君は、ちゃんと私のそばにいるんだ。
「うん!」
それから色々と話しているうちに、時間はすぐに過ぎ去って、優花ちゃんのスマホから目覚まし音が鳴り響き、バイブレーション機能で揺れが机に伝わり広がる。
「お、一時間経ったか。姫花、人格チェンジの恋愛フェティシズムってなんだ?」
「なーんだっ」
クイズにしたら、竜太君が黙って立ち上がった。私もつられてソファから離れる。
「おっ? おっ?」
竜太君は私の両肩を持って百八十度回転させると、後ろから寄りかかるように、肩の上に腕を回してきた。後ろ抱き、あすなろ抱きだ。
これやらせると、竜太君の胸板から緊張している心臓の音が伝わってきて、とっても嬉しい。もっとも今は陽太君の身体だけど。
それにしても、竜太君に私の楽しみがバレている……どこまで見抜かれてるか知らないけど、さすが竜太君! 以心伝心だね!
――しかし。世界がビュンッ! って変わる感覚より先に、耳元で竜太君が囁いた。
「……えっと、優花嬢ちゃんか?」
「ううん。なんか、違うみたい」
「うっ……!?」
おかしいな。これじゃないとなるとまったくわからんぞぉ……?
竜太君は恥ずかしそうに咳払いすると、私の左肩を掴んでグイっと後ろに引っ張ってきた。
「ひゃ!?」
驚きに腰が抜けて後ろに倒れる。しかし竜太君のもう片方の手が私の両足の下に潜り込んで、背中と脚を持って抱えてくれた。お姫様抱っこだ。
――が。
「優花嬢ちゃんになったか?」
「か、変わってないよ……?」
「嘘だろ……!?」
この際なんでお姫様抱っこだと思ったのかは置いておこう。今は優花ちゃんにならないと!
「えっとじゃあ……」
「姫花、靴下脱げ」
「はい!?」
突然変質者が出現して私は飛び退いた。変態竜太君は真面目な顔してとんでもないことを言う。
「いやお前……足舐められるの好――」
「んなわけないでしょ!? 私のことなんだと思ってたの!? 怒るよ!?」
そりゃ白雪も
「もう怒ってるじゃねーか! つか泥酔した日に『私姫花だからお姫様扱いして』って――」
「酔っても言うかそんなこと! 足舐めさせるお姫様なんていないよ!」
「あの日俺もそう言ったわ!」
まさか私ホントにやらせたの!? 嘘だよね酔っ払った日の私!?
「だいたい今私たち優花ちゃんと陽太君なの! いたいけな十五歳の双子の身体でそんなことしてごらんよ!? 切り替わったとき優花ちゃんドン引きでしょ!」
「だがな……他に心当たりはないぞ」
むしろお姫様抱っこと足舐めが候補に入っていたことが驚きなんだけど!
とにかく、他に竜太君にされたら嬉しいこと……あ。
「アクセかも」
「ああ!」
竜太君とのデートでヘアピンとか見てると、竜太君は「試しに」とか言ってすぐつけてくるのだ。構ってくれてるとわかって嬉しいし、竜太君の趣味もわかるから、恥ずかしいけどされるがままにしていたんだけど……それかも!
「私、優花ちゃんの部屋から――」
「ちょっと待ってくれ!」
「なに?」
リビングを飛び出そうとする私を、竜太君が呼び止めた。
「優花嬢ちゃんから言われてるんだ、どれくらい雑でも問題ないか調べたいって」
「雑って?」
具体的にはどういう……と困惑していると、竜太君はリビングを見渡して、窓際へ。
手に取ったのは、カーテンを留めるやつでした。
「カーテンタッセルをネックレス代わりに」
「えぇ~……」
嫌だよ、と直立不動のまま不満に満ちた眼差しを送る私の首に、竜太君は強引にカーテンを留めるやつを巻いた。
次の瞬間、私は優花ちゃんのベッドで朝を迎えていました。
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