榊竜太 陽太少年になってみよう!
ファミレスにて、両親の前で恋人からあ~んさせられる――しかも身体が違うというカオス要素付き――というドッキリ番組もびっくりな目に遭った次の瞬間、俺は神原家の洗面所で立ち尽くしていた。しかも、やたら全身に疲労感がある。
「ちょっと優花ちゃん!? と、突然……!?」
鏡には俺と、右真横すぐそばに優花嬢ちゃん、少し離れた後方に白雪ちゃんが映っていた。
「切り替わった……のよね? 榊さんですか?」
「ああ……優花嬢ちゃんだよな?」
「ええ」
優花嬢ちゃんは素早く頷いて、腕を組んで考え始めた。
「なるほどね……。恋愛フェティシズムっていっても、別に恋愛感を出す必要はないわけね……となると面倒なのは……でもある意味……」
「えっと、白雪ちゃん、今どうなってんだ?」
「とりあえず、座りましょう」
俺は神原家のリビングへ移動して、二人から説明を受けていた。
そして、最初に俺が言ったのは。
「なあ優花嬢ちゃん、風呂掃除させるだけさせて終わった直後人格チェンジとか、ちょっと陽太少年の扱いがひどすぎるんじゃねーか?」
最初に会ったときも、突然後ろから飛び蹴りされたし。まあ、中身が俺だって理解した瞬間態度が切り替わったけど。
「う……だって」
「だってじゃないだろ。次切り替わったらちゃんと謝ること」
「…………ふん」
ぷい、と不満げにそっぽを向く仕草は、年相応どころか幼く見えて、叱ったそばから甘やかしてやりたくなる雰囲気がある。
なんかこう、もし姫花との間に娘を授かることができたら、こんなイヤイヤ期があってもいいかも、なんて思ってしまうような。動画として保存したくなる可愛さというか……なんか変態に思われるから口にはしないけど。
不安症からくるものとはいえ、先々まで見通そうとする日頃の癖と、大人びた振る舞い。それらとのギャップが、きっとなんだかんだ甘やかしたくさせるんだろうな。
「で? 人格チェンジの実験って、なにをするんだ?」
聞くと、優花嬢ちゃんがすぐに優等生モードに切り替わった。
「人格チェンジ後一定時間は、連続して人格チェンジができない――という可能性です。というのも、ファミレスで陽太が気絶しても陽太のまま目覚めたんですよ。これまでの人格チェンジの最短時間は一時間ちょっとなので、そう長くないと思いますが」
「クールタイムというか、チャージタイムというか、そんな感じか?」
「イメージとしては。それが三十分か六十分か……とにかくあとで陽太を使って実験しようかと思いますけど」
「別に、俺が実験台になったっていいぜ?」
優花嬢ちゃんはすぐに首を横に振る。
「いえ、榊さんには陽太のふりをする練習をしてもらいたいんです。というのも、もうすぐ学校が始まりまして、朝の読書時間がある八時二十五分から帰りのホームルームが終わる十五時半までは学校にいないといけませんから。どうしてもどこか最低一時間は榊さんになってもらう必要があるんです」
学校! 別に忘れていたわけじゃないが、今のこの身体が学生のものという実感がなかった。
そうだ。陽太少年たちはこの春から高校生。その身体を借りて出てくる俺と姫花は、まあ、陽太少年と優花嬢ちゃんのふりをしないとまずいわな。
でも、それは俺たちが我慢すればいいだけの話では?
そう思って、質問する。
「んなもん、俺と姫花が朝のタイミングで陽太少年と優花嬢ちゃんになっておけばいいんじゃないか? あとはずっとそのままで」
「いえ、六時間で強制人格チェンジが発生すると思われます。お昼休みは四十分しかないので、嫌でも授業には少し出ていただく必要があります」
優花嬢ちゃんは時計を指差して言う。
「六時間経過による強制人格チェンジは、今晩二十時二十一分に、あたしから姫花さんに切り替われば確定と見ていいでしょう。今朝あたしから姫花さんに人格チェンジした朝八時二十一分時点、榊さんはその場にいましたよね。その後ファミレスで、突然姫花さんからあたしに切り替わったんですよ」
白雪ちゃんがコクリと頷く。
「誰も姫花お姉ちゃんに触ってなかったです」
「時間確認したときは十四時二十二分だったんですけど、一分くらい戸惑っていた気がしますから、説明はつきます。仮に時間以外のトリガーがあるにしても、一人の人格を維持できる最長時間は調べておきたいので、今あたしで実験中です」
「なるほどなぁ……それで俺は陽太少年の真似ってわけか。でも、俺は陽太少年とまだ直接喋ったことすらないんだぞ? ま、やたら少女趣味ってのはわかったが」
陽太少年の部屋は、まるでアクセサリー加工の職人のような内装をしている。勉強机の本棚に並んでいた、華々しいアクセサリー作成の資料本の数々は今でも印象に残っている。
「ですから練習する時間を取る必要があるんですよ。とりあえず、一人称は『僕』で」
「僕」
「今日はその調子で喋ってください、あとはあたしと白雪で調整していきますから」
「おう! 了解」
そう普通に返事をした瞬間だった。
「違いますッ! 陽太君はそんなチャラくおう、なんて言いません! 絶対言いません!」
白雪ちゃんのスイッチが入る。ぴょこぴょこと左右のおさげが上下に揺れている。
「お、おお」
「引くときは語尾をあげてください!」
「や、白雪ちゃんストッ」
「陽太君は私のこと呼び捨てにするんですよ!」
「ひぃ……っ」
「「あ、怯えたところはけっこう似てる」」
双子の
「そんなところが似ていてもなぁ……」
呆れ返ると、白雪ちゃんはそれすらも審査の対象にしてくる。左右の小さなおさげをブルブル震わせ、
「ふおおおおそんな感じです!」
テンション高ぇ……。というかここでときめくのかよ!
「陽太君すぐ諦めるというかやる気なさげというかローテンションというか多少のことには驚くより先に引くリアクションが出てくるというかワンテンポ遅いというかそんな感じなのが基本だと思ってください!」
「ニュアンスの注文が細けぇ!」
認識の仕方が惚れている相手に対するものに聞こえないんだが。
「白雪あんた、よくそれで『私は陽太君の人柄が好きなんだよ!』なんて言えたわね……」
「えへへ……!」
「ここで照れるのか」
両手で頬を抑えて、おさげを激しくぴょこぴょこさせて……。
恋は盲目というが、相当惚れこんでるんだなぁ。
「竜太さん、もっと理不尽に耐え慣れてる感ください!」
「理不尽に耐え慣れてる感!? 陽太少年いったいどんな人生送ってきたんだよ!」
と言いつつ、今朝陽太少年から託された置手紙を思い出す。
白雪ちゃんも理不尽の心当たりがすぐよぎったのか、俺と二人して優花嬢ちゃんを見やった。
「な、なによ……」
「いや、苦労してんだなぁって」
「優花ちゃん、これを機に陽太君にもっと優しくしてあげよう?」
「い、いいから続きやるわよ!」
こうして俺は、スパルタ演技指導を受けることになった。
……途中で休憩と称して陽太少年と人格チェンジをするわけだが、人格チェンジ中は記憶はおろか時間が経過した感覚すらないので、俺の精神的には夕飯までノンストップだった。
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