神原陽太 双子の上の座争奪戦
いったい、なにが起きているんだ?
白雪の家のリビングからファミレスっぽいところに瞬間移動した僕は、状況把握もままならないまま突然白雪に押し倒され、気がついたらなんか起き上がれない雰囲気になっていた。
白雪と優花が抱き合っているのだ。なんだこれ。
「あのー」
「「うわあ⁉」」
僕が声をかけた瞬間、白雪と優花がバッと離れた。二人して恥ずかしそうな顔を僕に向けてくる。文句をつけてきたのは優花だった。
「ちょ、榊さん!? 起きていたなら言ってくれても……」
「優花? 僕だけど」
「……なっ」
優花はなぜか驚いた声をあげると固まった。放っておこう、どうせ推理モードだ。
「白雪、今どういう状況なんだ?」
「ええっと……」
白雪が丁寧にこれまでの流れを説明してくれる。途中優花が一、二度口を挟んできたが、ちょっとした確認程度で、またすぐに黙考に戻った。
「ありがとう白雪」
「うん。それじゃ、竜太さんのご両親に自己紹介してね」
嬉しそうに頷いた白雪に促され、僕は榊さんのご両親にお辞儀する。
「はじめまして、神原陽太です。えっと、榊さんって人のことは顔も知らないくらいなんですけど、姫花さん――あ、そこにいる優花と切り替わる人で、こちらの白雪の姉に当たる人です――の彼氏さんということは知ってます。……えと」
あと、なにを話せばいいんだろう。僕が困ったことを察してくれたのか、榊さんのご両親が自己紹介を返してくれる。そして、深々と頭を下げてきた。
「ご丁寧にありがとう、陽太君」
「さっき、竜太と会わせてもらったよ。意識不明で寝たきりのはずの竜太と話せて、不思議な感じだけど嬉しかった。ありがとう」
「い、いえ……」
どういたしまして、と言うのも変だよな。とりあえず。
「早く目が覚めるといいですね」
そう言うと、榊さんのご両親はなにを想像したのか、顔を真っ青にした。
「そういえば、今気絶している竜太たちが目覚めたらどうなるの!? まさかあっちにも二人分ずつ入っているとかそういうことは――!」
「落ち着くんだ母さん! たぶんほかの階段で別の二人組が転びその人たちの人格が入ってしまったんじゃないか!?」
「お二人までそれ言いますか!? いくらなんでもありませんって!」
あの白雪が「私の方がおかしいのかな……」とツッコミに自信を失っていた。
一方、落ち着きを取り戻した榊さんのご両親は、照れ笑いを浮かべて飲み物を飲む。
「それで、君は大丈夫なのかい? 双子の妹さんから聞いたけど――」
「あたしが姉です」
突然、優花が不機嫌な声で割り込んできた。
しかし、内容が聞き捨てならないな。
「なに言ってんだ優花、僕が兄だ」
昔、両親にどっちが先に生まれてきたのか聞いたことがあった。しかしあろうことか、僕が聞けば「陽太が兄」、優花が聞けば「優花が姉」と回答したのである。
どうしてそんな曖昧なのかという理由すら、あるときは「あまりの感動で順番なんて忘れてしまった」またあるときは「いやもうどうでもいい」とくる。こうなればもう信じられるのは自分だけ。
こうして、長きにわたる兄姉の座争奪戦争が始まったのだ――!
「アア!? あんたが弟、あたしが姉よ?」
行儀悪くテーブルに頬杖をつき、ねめつけるようなガンを飛ばしてくる優花。コイツ僕の知らないところで不良の頭やってんじゃないだろうな。いや、頭の良さ的に闇金関係かもしれん……やめよう、違和感がなさすぎる。
だが恐れるな、神原陽太! 優花を世話する者としての矜持、絶対に捨ててはいけない!
「兄!」「姉!」「兄!」「姉!」「兄!」「姉!」
「いい加減にしなさい!」
僕らに挟まれて、フルフルと肩を震わせていた白雪が、僕と優花の口を両手で塞ぎ――頬と口元だけで笑った。
「ふたりとも? 状況わかってる?」
――目が笑っていない。白雪の背中から吹雪が、吹雪が! これ以上怒らせてはダメだ!
「「ご、ごめんなさいでしたぁ……!」」
僕と優花が双子の兄姉である矜持を捨てると、白雪はすぐに吹雪オーラをやめてくれた。
「もう高校生になるんだよ? いい加減大人になろうよ」
「「お母さん……!」」
「やめて! せめてお姉ちゃんにして!?」
そうへこんだ白雪は、僕の口を塞いだ手を見つめながらなぜか頬を赤らめた。
「ん、でも陽太君と姉弟ごっこかぁ……!」
おい、今白雪がしれっととんでもないことを言わなかったか?
「優花お前、ハブられてるぞ」
「そうじゃないのよ。そこじゃないのよ」
僕が優花を憐れむはずのところで、なぜか優花から憐みの視線を向けられていた。
僕らの話が一段落ついたと見たようで、本物の母親――榊さんのお母さん――が僕に尋ねた。
「……陽太君は、さっきの優花ちゃんの話、聞こえていたかしら」
「と、言いますと?」
語られたのは、僕が白雪チョップをくらって倒れていた間のこと。どうやら、白雪と優花が抱き合っていたのは、優花の精神に限界が来たかららしく、その理由についてだった。
説明されて、ようやく僕もその恐怖に心当たりが生まれる。
言われてみれば、たしかにここで最初に目覚めたとき、僕はコーラを持ってきた普段の白雪に戸惑った。
自分の恋に突き進むと僕に宣言して、僕も高等部に行ったら好きな人を探すと宣言して、白雪からライバル心を抱かれて――そんなことがあった直後だというのに平常心すぎる白雪を見せられて、得体のしれない戸惑いに襲われた。
優花はこの戸惑いを恐ろしく感じたらしいが、僕は今それを説明されてようやく、なんとなく、わかったような気がした。
優花が考えすぎなだけなのか、僕の感受性が鈍感すぎるのか――とにかく優花は、それを誰より早く痛感し、理解している。それだけはたしかだ。
きっと僕も、本格的に心をやられるときが来るのだろう。
「辛くなったり――怖くなったり……してない?」
「いえまったく。これからそうなるかもしれませんけどね」
それでも僕は、即答した。
僕は、父さんと母さんに任されたのだ。優花を。
だからこそ、双子の兄として、僕がするべきことは一つ。
優花を、信じることだ。
「でも、きっと大丈夫です。理屈的な部分は優花がどうにかしますから。そして必要があれば、勝手に僕に命令してきますから。だから僕はその間、色々こき使われてやるだけです。……そうだろ?」
優花に問いかけるも、優花は全身を震わせて俯いているだけ。
必死になにかに耐えていたようだったが、榊さんのお母さんから「信頼しているのね」と言われた瞬間、キッと目を吊り上げて僕を睨んだ。
「陽太のくせに、生意気よ!」
「なんだって!? 人がせっかく――」
「はいはいもういいからきょうだい喧嘩は!」
白雪が仲裁に入ると、不思議と夫婦二組が顔を見あって微笑みあう。いったい僕らの喧嘩のどこになごめる要素があるのかはわからないけど、どこか僕や優花が躍起になってどっちが上かを聞いたときの、両親の雰囲気とよく似ていた。
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