天野姫花 人格チェンジの新条件!

 私たちは、病院で竜太君のご家族を待ち構えていた。

「こちらヒメ、裏口異常なし。ブツッ」

『こちらリュウ、従業員出入口異常なし。ブツッ』

 ――スマホ片手に張り込みごっこをしながら。

「いい大人が二人も揃ってなにやってるの。普通に竜太さんの病室で待とうよ」

 白雪があまりに辛辣すぎて、私たちは従うほかなかった。

 竜太君の身体がある病室へ向かう道すがら、私はふと、あることに気づく。

「でも白雪」

「なにー?」

「私たち、今優花ちゃんと陽太君の身体にいるんだから、見た目的には子供だよ」

「ずっとそんなこと考えてたの!? くだらないよ! 大人の振る舞いをしよう?」

 白雪がくわっと目を見開いて、竜太君が陽太君の身体で小さく笑う。身体は違うけど、竜太君がお姉ちゃんの喫茶店や家に遊びに来たときは、いつもこんな感じだ。

「しかし、まさか俺自身が入院するところを見ることになるなんてなぁ……ちょっと緊張する」

「私昨日そのパターンだったけど、慣れると案外面白いから。最初ちょっと怖いけど」

「そういうもんか……?」

 頭を強く打ったことによる意識不明の重体ということで、私と竜太君の身体には個室が与えられている。入院服を着た竜太君の身体には、点滴や呼吸器がつけられていて、心電図が無機質な音を立てていた。

 そんな自分の身体を見た竜太君が一言。

「家出る前の白雪ちゃんがこんな音出してたよな」

「私もそれ思った」

「最初に出る言葉がそれなの? 二人とももっと深刻に受け止めようよ……」

 そこに、引き戸がノックされる音。

 返事をすると、慎重に開かれた引き戸から、竜太君に似た面影のある夫婦が入ってきた。

 戸惑った顔をする二人に、私たちは腰を折る。

「こんにちは。はじめまして、私は神原優花といいます。こちらは双子の陽太」

 お姉ちゃんの助言に従い、場所を変えるまでは神原家の双子のふりをすることになっている。病院内で騒ぎを起こすのはまずいもんね。

「陽太っス!」

「名乗りの違和感っ!」

「白雪、ツッコミ堪えて!」

 竜太君のご両親は神原家を知らないから、竜太君の演技がヘタでも問題ない。

「天野白雪と申します。姉の姫花が竜太さんとお付き合いしておりまして」

 頷いたのは竜太君のお母さん。

「たしか、ウチの竜太と一緒に歩道橋から転がり落ちたっていう……」

「はい。別の病室で竜太さんと同じように入院しています。このあとですが、おそらくお二人の来訪を聞いた担当医の方がやってきて諸々の説明があります。そのあと、事故のことについて私たちからもお話したいことがありますので、お時間いただけたら、と思います。よろしいでしょうか」

「え、ええと……お父さん」

「お、おお……よ、よろしくお願いします……?」

「はい。それでは、入院病棟入り口ロビーでお待ちしておりますね」

 白雪が完全に場を掌握した。

 台本自体は、現在別行動中のお姉ちゃんが書いたんだ。本当なら説得役はお父さんとお母さんの役目だったけど、自信がないとこれを拒否。私と竜太君は人格チェンジの恐れがあるから、白雪に白羽の矢が立ったのである。

 一発で決める舞台度胸はチア部、活舌の良さは日頃のツッコミで鍛えた白雪だからこその賜物だろう。さすが白雪!

 そして、それからさらに時間は過ぎて、午後二時過ぎ。

 私たちは、竜太君のご両親を引き連れ、お姉ちゃんの指示に従いファミレスに移動していた。けっこうお客さんが入っていたけど、予めお姉ちゃんが奥のテーブル席を陣取ってくれているので場所取りは完璧だ。さらにいえば、すぐ隣の二人席をお父さんとお母さんに座らせて、できる限り第三者に聞かれないよう対策済み。さすがお姉ちゃん! ちなみに、座る席がないのでお姉ちゃんはもういないよ!

「――というわけなんです」

 お昼ご飯を済ませつつ、白雪が概要を伝えた次は、竜太君がご家族にしかわからないことを口にした。見た目はまだ幼さの残る男の子。声だって陽太君のものだ。大学を出てから就職して一年が経つ本物の竜太君の外見と声とはあまりに似ていないけど、その内容はご両親にとって、とても説得力があるものだったらしい。

「さっきは嘘ついて悪かったな、親父。お袋」

 ソファ席奥から順に、私、白雪、竜太君と並んで座る対面で、竜太君のご両親は、涙すら流しながら頷く。

「正直、パニックでキツいが……その、身体の、陽太君という子は、こうして竜太に身体を使われることに納得しているのか?」

 お父さんからの問いかけに、竜太君ははっきりと頷く。

「ああ。優花っていう双子の妹のことよろしくとは頼まれてるよ」

「ねぇ竜太……その神原陽太君? に、目を覚ましていないはずの竜太と話す機会をいただけたお礼が言いたいんだけど……」

「いっ!? そ、それは……」

 竜太君がちらっと私の方を見た。お、私の出番だ。

「もうもう、なに恥ずかしがってるの~?」

「私、陽太君の飲み物取ってきますー」

「白雪ちゃん!? ちょ、親の前なんだけど!?」

 間に挟まっていた白雪がぐいぐいと竜太君を押しやってドリンクバーコーナーに向かい、私は素早く距離を詰めた。

「私たちの人格は、それぞれの恋愛フェティシズムを刺激されることで、もう一人の人格と入れ替わることができるみたいなんです」

 それを説明しながらテーブルを見渡すも、もう綺麗に食べ終わったお皿しか残っていない。残っているのは竜太君のおかわりしたい放題のスープくらいだ。

「スープでいっか。はい、あ~ん」

 こぼさないように慎重に、竜太君の口元へ運ぶ。嫌がりながらも照れつつしっかり口を開けるところが本当になんというか、そそられるよね!

「おま、親の前で、雑……んぐ!?」

「はい、陽太君です!」

 手品っぽく手を動かして竜太君のご両親に見せつけると、ドリンクバーから戻ってきた白雪が私を窘めた。

「姫花お姉ちゃん! 人格チェンジはおもちゃじゃないんだよ!? 遊んじゃダメ!」

「ご、ごめんなさい……」

「はい神原君、コーラだよ。あと私を通させてほしいな」

「お、おお……ありがとう……」

 なんか、陽太君の様子がおかしい気がする。

 白雪が改めて私の隣に座って、陽太君の方を向いた。

「じゃあ現状の説明を……神原君? どうしたの?」

「……………」

「あ――」

 白雪は、なにかに気づいたような反応をして、それきり、陽太君と二人で黙り込んだ。

 あまりに重い空気感を醸し出す二人に、誰も声をかけられない。

 ただ、得体のしれない、おぞましい、なにか。空気というか、雰囲気というか。

 二人にしかわからない重たいなにかが、ただただ私たちに伝播していく。

 ぞわりぞわり、ぞくぞく。うまく言葉にできないけれど、擬音ならこんな感じ?

 とにかくこの空気はまずいやつだ。放っておくのは絶対ダメだ。それだけはわかる。

 さてとりあえずふざけてみるか、と思った瞬間、視界全部がいきなり変わった。

「ひょう!?」

 ファミレスから……ここは神原家のリビングだね。心臓に悪いなぁ……。

「二十時二十一分……。マジで優花嬢ちゃ――優花の言う通りになったな」

 私は食卓の椅子に座っていて、はす向かいに陽太君。いや、優花ちゃんの呼び方から竜太君だね。

「竜太さん、陽太君は基本マジって言わないです」

「お――うん……」

 二人の様子が変だったけど、それ以上に気になるのは、白雪の乱れた髪や額の腫れ。

「白雪はどうしてそんなにボロボロなの?」

「え、いやぁー、あはは……」

 白雪は、気恥ずかしそうにことの経緯を教えてくれた。

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