天野白雪 魔性の女の子になろう!
いったい私はなにを見せられているんだろう。
突如始まった姫花お姉ちゃんと竜太さんの、あ~ん。
竜太さんが最初の一口目を食べた次の瞬間、竜太さんがブルリと震えた。
「ん!?」
「やっほー。もしかしなくても陽太君になったよね?」
無言で、コクリと頷く竜太さん。いや、陽太君。
「ええええええええええ姫花お姉ちゃんなにしたの!?」
「いや、竜太君あ~ん大好きだから。たぶん恋愛フェティシズムだよ、人格チェンジのスイッチ」
しれっと言ってるけど、どちらさまですか、この魔性の女。ほんとに私のお姉ちゃん?
「えっと、白雪。今どういう状況?」
「……え、えーとね……」
陽太君に説明することで、私の頭の中で出来事を振り返ることになり……。
優花ちゃんが頭撫でられるとときめくことを改めて理解する。
「なるほど。だいたいわかった。白雪、説明ありがとう」
あれ? でもさっき竜太さんがそらんじたあの手紙の内容が本当だとしたら、普段優花ちゃんの頭を撫でているのは陽太君ということに……?
「白雪? おい、白雪?」
そしてなにより、陽太君に頭を撫でられることで優花ちゃんの恋愛フェティシズムが刺激されるということは、優花ちゃんは……陽太君に……え? え⁉
「どうしたんだ白雪、顔真っ赤だぞ……?」
ぴと。
額を触られて我に返ると、陽太君が私の額に手を当てていた。
「ぴょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
近い近い近い!?
穴の開いた風船のような勢いで距離を取り、呼吸を整える。
陽太君が首を傾げる隣で、姫花お姉ちゃんが私に悪戯っ気満点な目を向けていた。
「白雪がときめいてもなにも変わらないよ~?」
「とととと戸惑っただけだよっ!」
はあぁびっくりしたぁー……。
ホッと胸をなでおろしていると、もう一つの問題に気づく。
「っていうか姫花お姉ちゃん、このあと病院行って竜太さんのご家族を待ち構えるんだよ? 竜太さんを陽太君に変えちゃダメだよ」
「あ、そっか」
「でも白雪、何時にここを出る予定なんだ? 僕がまた榊さんになるっていっても、今全然眠くないんだけど」
それはつまり、陽太君を竜太さんに変える方法は――。
「ねえ陽太君。女の子になにされたらときめく?」
「姫花お姉ちゃん!? なに聞いてるの!」
「入れ替える方法はこれしかないかなって……さすがに陽太君の恋フェチは知らないし」
なにも言い返せず陽太君を見ると、陽太君は私とたしかに目があって、その瞬間、ちょっとだけ顔を赤くして視線を落とした。
「白雪っ! チャンスだよ! いっちゃえぇぇ!」
「だからなんで私なの!?」
「え、まさか私にやらせる気? けどなー、私には竜太君という心に決めた人が……」
「さっきお互い信頼しあってたじゃん!」
「でも、今の私の外見は優花ちゃんだよ? 陽太君だって双子の相方にされたんじゃときめけないだろうし」
「うぐっ……!」
たしかに……それに、もしときめかれたら法律突きつける以外に勝ち目なくなっちゃうし、それ以前に立ち直れない……!
私は陽太君と向かい合って、覚悟を決めて、大声で、言うぞ!
「……し――い……か……」
「し、白雪……?」
「私とでもいいですか!?」
どうしよう、言っちゃったよ! もう顔上げられない……っ。
「し……白雪が……嫌じゃないなら……」
い……い……!
いやじゃないよぉぉぉぉぉぉ!
ひゃっほーいやったぜー! 私、陽太君に異性として認識されてるー!
いえーいどうだー! 見たかーまだ見ぬ陽太君の恋焦がれるお姉さんめー! 陽太君の恋愛フェティシズムは、この天野白雪がいただいた!
なんとか声に出さないように堪えていると、陽太君の後悔した声がとても遠くから聞こえてきた。
「白雪……そんな部屋中暴れまわるほど辛いのか……ごめんな……」
違うよぉぉぉぉぉぉぉ察してよぉぉぉぉぉぉぉ!
私はいつの間にかキッチンの端っこにいて、家族から魂の抜けた顔を向けられていた。いったい私、どう動いたんだろう……。
私は平静を装い、陽太君に近づく。
「それで、神原君はなにされたらときめくの?」
「それは……僕にも、わからないんだけど」
くっ……! かわいいなぁもう!
「か、神原君……! もうこういう流れなんだしさ、素直に言っちゃった方が楽だよ……?」
頭の中がぐるぐるするけど、それでもちゃんと陽太君のことだけはちゃんと見えてる。うん。大丈夫。
「し、白雪さん……!? 目が、あの、姫花さん、白雪さんの目が……!」
「ねえねえ見て見てお父さんお母さん。あれあなたたちの三女」
「と、父さん書斎にいるから! 出かける時間になったら呼んでくれ、な!?」
「おおおおお母さんは車のエンジンをつけたり消したりしてるわ!」
「はいというわけであとはごゆっくりー」
「姫花さん待ってぇぇぇぇ!?」
鮮やかに厄介者払いを済ませた姫花お姉ちゃんが、リビングを出ていった。
「さ、もう恥ずかしがることないよ神原君。教えて」
「い、いや今ツッコミ入れるところたくさんあっただろ、白雪のお母さんなんてあからさまにボケてたぞ!?」
「なに言ってるの神原君。今の展開にツッコミをいれるならまずお父さんとお母さんがまだいたことについて触れなきゃ。あと車のエンジンのくだりにツッコミを入れるならエンストの可能性を指摘しようね」
「なるほど勉強になるなぁ……」
「どういたしまして。それじゃあ神原君のときめき方を教えて?」
「ちょ……!? いや待て白雪、さっきの展開にちゃんとツッコミを入れなくていいのか? 本当にいいのか?」
「神原君甘いよ。ツッコミはボケが一つ来るごとに入れていくべきなんだよ。それができないくらいの密度でボケが飛んでくるなら全部スルーして黙殺するのが正解なんだよ? すると、ボケを聞いた人たちが、各々の心の中でツッコミができるでしょ? これを黙殺ツッコミと言います」
「い、いやでも丁寧なツッコミは大事だって誰かが言ってた……」
「だからってなんでもかんでもツッコミをするのは二流のすることなんだよ。全体の流れを見て適度適切に様々なツッコミでさばいていくことが大切だよ。ツッコミというのは、スピード感とリズミカルなテンポを維持する役割も担っていることを忘れないでね」
「で、でも……でも……!」
「たしかに、ときには早口の長文ツッコミがしつこいくらい連発されることもあるけど、あれは全体を俯瞰で見たときに溜めの役割を果たしていることがあるんだよ。さっきスピード感とリズミカルなテンポを維持する役割があるって言ったけど、逆に溜めて溜めて溜めておくことで次の展開をよりアップテンポに感じさせるテクニックがあるんだ。憶えておくといいよ」
「は、はいぃ……ッ!」
「わかってくれたみたいで嬉しいな。それじゃあ――」
私は、にっこりと笑って宣言します。
「――はじめよっか♪」
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