天野姫花 優花ちゃんになってみよう!

 白雪の協力を取りつけることができたのはいいけど、ここからどうするべきなのかがわからない。もしかすると優花ちゃんは白雪を呼び出した段階でもう少し先まで考えていたかもしれないけれど、私の意識がある間は変わることができないし……。

「もしもしお父さん? あ、お母さん起きたんだね? わかった、すぐ戻る――え? ……うん。後でかけ直すよ」

 いつの間にか電話をしていた白雪が、スマホの通話を切って私たちを見た。

「どうしよう……優花ちゃんが状況知ってるって、私が言っちゃったから……今から来てくれないかって。優花ちゃんが知っていること、教えてほしいって」

「今、優花じゃないからな……」

 白雪と陽太君が、困った顔を私に向けた。

 情けない話、こういう頭を使うタイプのトラブル対処は、我が家では一番上のお姉ちゃんが、神原家では優花ちゃんが一手に担っている。

 我が家の姉が当事者でない以上、現状優花ちゃんが私たちの中で一番頼りになるんだけど、私がこうして意識を持っている以上頼れない。私の心の支え、竜太君だって今は陽太君の中だ。ここは、年長者の私がしっかりしないと!

「私が優花ちゃんのふりをする? それとも最初から打ち明ける……」

「姫花お姉ちゃんに優花ちゃんの真似ができるの?」

「え、ええ! どうかしら、陽太く……陽太?」

「優花は自分のやることのできばえについて疑問を持たないです。仮に不安があっても、打ち明けるのは姫花さんや白雪、母さんくらいで、僕に『どうかしら』なんて言いません。もっと堂々としてください」

「そ、そっか」

 ホントすごい子だなぁ、優花ちゃん。でも、優花ちゃんでも私を頼りたくなるときがあると知った今なら、自分の考えに自信が持てる気がする。とにかく今は、二人を不安にさせないように、大人のお姉さんとしての意地を見せないとね!

「わかったわ。白雪、着替えてくるからちょっと待ってて」

「おお、意外といけるかもよ? 優花ちゃん」

 白雪が目を丸くして手を合わせた。陽太君も、小さく口が開いている。

「ま、あたしに任せりゃこんなもんよ!」

「「…………」」

 二人がすっと視線を落とした。今のはなにか違ったらしい。

「陽太く――陽太も準備を整えてちょうだいな。作戦をどうするかはともかくとしてよ、三人一緒にいた方がなにかとよさそうだと思うのだけれども」

「え、あ……おう」

「姫花お姉ちゃん、やっぱりヘタだよ」

「あれ?」

 とにかく、心の中で優花ちゃんに謝罪しながらクローゼットを覗かせてもらう。普段よく見る私服に着替えて、陽太君と白雪を引き連れ、自宅へ。頼りのお姉ちゃんは経営している喫茶店の戸締りをしているらしく、まだ帰ってきていなかった。

「お邪魔します」

 元の私の背丈は百六十センチ、陽太君より十センチ低く、白雪より十センチ高い。優花ちゃんの身体は白雪よりさらに十センチ低い百四十センチだから、けっこう世界が違って見える。視力が悪いのは知っていたけど、眼鏡のレンズの境界線の外側で、物の輪郭がぼやけるほどに悪いことには驚いた。

 それに体重何キロなんだろ、すごく軽い。これで時々隣の家から陽太君をぶん投げたり蹴り飛ばしたりする音を出しているわけだけど、どうなっているのかな……。

「いらっしゃい、優花ちゃん、陽太君。こんな時間にすまないね」

 渋い声が上から降ってくる。竜太君と同じ、百八十センチくらいあるお父さんの背がいつも以上に高く見える。おお、いつも見えている顔の小じわが見えない。

「いえ、状況が状況ですし」

 後ろから感嘆の声が漏れて聞こえた。ドキリとするが、お父さんは気づいていないみたい。……ちょっと楽しいなコレ。

「お邪魔します」

 陽太君と白雪も私の後に続いて上がり、いつものようにそれぞれのスリッパを履いて、勝手知ったる我が家のリビングへ。ソファにお母さんがマグカップを持って座っていた。

「こんばんは二人とも。いきなりで悪いんだけど、状況を知っているっていうのは?」

「姫花さんが竜太……さんって人と一緒に、歩道橋から落ちて、救急車で運ばれたことまでは」

 言いながら、私の顔もちょっと血の気が引く。なんで事故当事者の私より状況を把握できていたんだろう。

「もう一つ、質問したいの」

「なんでしょう」

「責めるつもりじゃないのよ? ただ、優花ちゃんのことだからなにか意味があるのだろうと思って」

「といいますと?」

 改めて思う。ウチのみんな、私も含めてだけどホント優花ちゃんのこと大好きだよね。

「なんで姫花のスリッパ履いてるの?」

「「「あ」」」

 やらかしたぁぁぁぁぁぁぁ! 振る舞いばっかりに意識向けてて忘れてた! いやまさかこんな早くミスしちゃうなんて!

「なんで三人してそんな驚いた顔……」

「ごめんなさいお母さん! お父さんも騙してごめん! 実は私、姫花なの!」

 音立てて両手を合わせ、目をぎゅっとつむってぺこりとお辞儀。

「……ゆっくりでいいから、お願い。お母さんたちにわかるように説明して」

「うん。といってもこれは、優花ちゃんが立てた仮説らしいんだけどね――」

 かくかくしかじか。そう説明したあと、お父さんやお母さんから念入りな確認の質問がいくつも飛んできて、私たちはそれに正直に答えていった。

「つまり姫花、もしかすると――」

 お母さんは、神妙な面持ちで頷く。

「待って! 姫花と竜太君の身体にも、姫花たち四人分の人格が宿っている可能性があるわけ!?」

「いや母さんそれは早計だろう。もしかすると第三のペアの階段転落事故があって――」

「親子だねーもうそのくだりは一回やったの!」

 白雪が、容赦なかった。特に、大好きな陽太君と同じことを言いかけたお父さんに対して、無慈悲だった。


 その後私たちは、喫茶店から帰ってきた一番上のお姉ちゃんと同じくだりをもう一度繰り広げて――一度も動揺することなく一回の説明で理解してのけた――私の身体が入院している病院へ移動した。

 とりあえず命に別状はないが、いつ目が覚めるかはわからないと言われました。……まあ、目の前にいるんですけどね私。

 さて、お医者さんや竜太君のご家族に私たちの状況を包み隠さず伝えるか、という点については、お姉ちゃんがとりあえず保留にすべきと言い出した。

 大事になったら怖いし、大事にするなら竜太君と優花ちゃんの許可も取った方がいい。竜太君のご家族には私も会ったことがないから、伝えるにしても陽太君が竜太君と切り替わってからの方がいいだろうとのこと。そもそも、竜太君のご実家は群馬県で、病院に来るのは明日だそうだし。

 それから私は神原家に行き、ここまでの状況を簡単に書いた置手紙を枕元に残して就寝した。これもまたお姉ちゃんの提案だ。ほんと、よく気が利く姉である。

 仮説通りなら、明日の朝は優花ちゃんが迎えるはずだ。私は……どうなるんだろう。

 とにかく、詳しくは白雪に聞くように書いたから、あとは白雪に任せよう。

 陽太君の方も竜太君への置手紙を用意しておいたから、パニックになることはないはず。

 こうして私は、優花ちゃんのベッドで眠りについた。

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