神原陽太 白雪(※精密機器)

 ふんす、と白雪が可愛らしく鼻息を荒くして協力を申し出てくれた。――はずだった。

「白雪? 大丈夫か?」

 僕たちがこれから寝るところを見ていてほしい。そう伝えたら、白雪は壊れかけの蒸気機械みたいな音を発して故障。河原に捨てられた家電みたいになった。

「ははあ、そういうことか~。いつからだ~? このこのー」

 姫花さんはなにかわかったようだ。さすが姉だと感心したいけど、優花の顔でにやつかれるとただただ気持ち悪いだけだ。

「どういうことですか?」

「え⁉ ちょ、私に説明させるの!? 察してよ、無理無理っ!」

 全力で断られた。

 どうすればいいんだ、と立ち尽くしていると、姫花さんが白雪に近づく。

「おーい? もしもーし? 白雪ー?」

 そう優しく、頬をぺしぺし叩いたのだ。……そんな、昔のテレビやパソコンみたいな……。

「はっ! それで神原君、私はなにをすればいいのかな?」

「あら、電源はついたけど、直前のデータが飛んだみたい」

 なるほど……どうやら、白雪はデリケートに扱わなければいけないようだ。

「ちゃんと説明したいからとりあえず座ってくれ」

「う、うん」

「いきなり変なこと言ってごめんな。知っていれば、もっと丁寧に接したのに」

 キッチンで白雪用のコップを出して、ペットボトルのお茶を注ぐ。

「ふぇ!? え⁉ えぇ⁉」

「おおっと!? 陽太君もしかして白雪のこと察したの!?」

 目を輝かせる天野姉妹。白雪の、左右のおさげがぴょこぴょこ動く。――姉の方は、優花の顔になっているので自重してほしいが。

「え? うん。白雪は精密機械みたいだなって」

 言いながら白雪の前にコップを置くと、白雪はすぐにコップを掴んで一気に飲み干した。

「それでッ!? 私に頼みたいことってなーにッ!?」

「二十歳になったら一緒にお酒飲もうね、白雪!」

 姫花さんからのずいぶん先の長いお誘いに、白雪は即、大きく頷く。

 ペットボトルを持ってきておかわりを注いでやり、席に着いてから、僕は事情を説明した。

「――つまり、大事なところを要約すると、お姉ちゃんたちは自分たちが神原君たちの身体になっていることに気づきもせず、キスしたってこと?」

 白雪が、ヒュオオオオ! と僕まで震え上がらせる吹雪を背中から発すると、僕の隣に座っている姫花さんがテーブルに額を打ちつけた。

「本当に申し訳ございませんでした!」

「あの、謝られるのは僕の方では……」

「陽太君はちょっと静かにしていてね、ややこしくなるから」

「神原君、ごめんね? 今そこじゃないんだよ」

 二人とも言葉選びこそ優しいけど、声と表情が尋常じゃない。

「……ハイ、スミマセン」

 な、なにやら、僕にはわからないとても大切な問題が並行して発生しているようだった。

 自慢じゃないけど、優花で僕の精神は人より鍛えられていると思っていた。でも、そんなことはなかったんだ……。

 僕が一人孤独にへこんでいる間に、姉妹会議は着々と進み、白雪の目がようやく僕の方に向く。吹雪オーラもいつの間にか収まっていた。それどころか、溶けかけの雪だるまのように儚げな雰囲気になっている。

「あの、神原君。事情はわかったよ。その……さっきは怒鳴ってごめんなさい」

 しゅん、と肩を小さくする白雪に、僕は首を横に振って答えた。

「いや、そんな。僕らのことを本気で心配してくれたからだよな? すごく嬉しいよ」

 それでも白雪は俯いたまま顔をあげてくれない。他に、どんな言葉をかけたら元気を出してくれるんだろう。

「えっと、その……白雪……」

 ダメだ、反応がない。

 助けを求めて姫花さんを見るけど、ダメだった。

「はわぁ……甘酸っぱいなぁ……」

 どういう心境なのか、優花の顔で頬を上気させていて、とても頼れる状態じゃなかった。というか気色悪くて見たくもない。

「……今は、それでもいいよ。しょうがないもんね」

 なにかに決着をつけたように白雪は頷いた。

「神原君。私はみんなが切り替わったときに、それまでの状況を説明すればいいんだね?」

「ああ。頼む。……悪いな、頼めるのが白雪しかいなくて」

 白雪は困ったように笑う。

「……うん」

 話に一段落つくと、今度は姫花さんが優花の顔で顎に指を添えた。

「この後どうしようか。この状態でお母さんたちに会っても大丈夫かな……」

「うーん……今みんな取り乱してるよ? 言うにしても、お姉ちゃんたちの身体の容態がわかってからじゃないと」

「身体の容態っていっても、榊さんって人は僕と入れ替わりで、姫花さんは優花と入れ替わりで僕らの身体に出てくるんだろう? 目覚めたらどうなるんだ?」

 瞬間、空気が凍りついた。

 なにを想像したのかわからないが、天野姉妹の表情が青ざめていく。かくいう僕の顔も、さぞ青くなっていることだろう。

「ちょ、陽太君怖いこと言わないで! 私と竜太君の身体にもコピーした私たち四人分の人格が入ってるかもしれないってこと!? それすごく怖いんだけど!?」

「待って姫花さん、僕らとは別の階段で転んだ二人組がいて、その人たちの人格が入り込んでいるという可能性も――」

「ないよ! 二人の身体がずっと目覚めないままか、死んじゃうかのどっちかじゃないかな!? もっと現実的に考えようよ!」

 白雪の一声で、僕ははっと我に返った。

 まったく白雪の言う通りだ。そもそも僕らがこんなことになること自体、非現実的なんだ。これ以上超常的なことが起きるとは思えないし、起きてほしくない。

「白雪」

 僕が彼女の名を呼ぶと、白雪はぎこちない表情で僕を見た。

「な、なに……?」

 思い返せば、物心ついたときにはもう、白雪は暴走した姫花さんや優花を止めることが多かった気がする。僕だって、白雪のおかげで冷静になれたことは、一度や二度のことではない。

 白雪は、いつも僕らを落ち着かせてくれる、いなくてはならない存在なんだ。

「白雪がいてくれて、本当によかった」

「う、うん……なにかが違う気もするけど……どういたしまして……」

 ものすごくなんとも言えない表情のまま、白雪に目を逸らされた。

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