天野白雪 体重は四十七キロ
私たち家族がついさっき知ったことを、優花ちゃんがどうやって知ったのかはわからない。でも、正直今は誰か落ち着いた人がそばにいてほしい。その点、優花ちゃん以上の適任者はいないだろう。
インターホンを押して、中から玄関ドアが開かれる。出迎えてくれたのは、私の好きな人。
「あっ……神原君……」
私より拳一つ分背が高くて、可愛さのある穏やかな顔立ち。普段は表情が硬くてあんまり笑わないんだけど、ふとしたときに見せてくれる笑顔がすっごく温かい……そんな男の子です。
「おお、白雪。どうした?」
「えっと、さっき優花ちゃんに呼ばれたんだよ」
「さっきって、ついさっき?」
「え? うん……」
といっても、動揺したりお母さんたちに話をしたり着替えたりしているうちに、一時間以上経っていた。
「そういうことなら、入ってくれ」
陽太君は転落事故のこと、優花ちゃんから聞いていないのだろうか。困惑しながらも通してくれて、私用のスリッパまで用意してくれる。日頃よく遊びに行くので、私の分があるのだ。
「ありがと。お邪魔します」
「うん。――でも、僕らもまだよく理解できていなくて」
「私だってそうだよ、突然電話がかかってきたんだもん」
そう言いつつキッチンに入ると、食卓で優花ちゃんが待っていた。私に気づくと、右手を軽く上げる。
「あれ? やっほー白雪じゃん!」
「うん!?」
超強烈な違和感が、私を襲った。絶対的なずれ。なんか、こう……違う!
ぎぎ、と固まった首を無理矢理動かして陽太君を見ると、なんか感心した表情で頷かれた。
「気づくのか。やっぱ姉妹だな」
「な、なんの話!?」
「いやあ、私もびっくりしたよー。あっはっは!」
「あっはっは!? な、え⁉」
優花ちゃんが、変だよ! 困惑する私の横で、陽太君がまた頷く。
「そうなるよなぁ。あれ、中身は姫花さんなんだと」
「どういうことなの!?」
「なんかねー? 私と竜太君が歩道橋から転落したタイミングで、陽太君と優花ちゃんも階段から落っこちたんだって」
そこで説明が止まった。それでなにを察すれば……ああ。
私はぽん、と手を打って、回答した。
「優花ちゃんは頭の打ちどころが悪くて、お姉ちゃんっぽくなっちゃったわけだね!」
可哀そうに……と同情してしまう。
「残念、ちょっと違うんだな~……って、あれ? ねえ今私妹にディスられなかった?」
「白雪、冷静に聞いてくれ」
「へい! 陽太君まで無視しないでおくれよっ」
うわぁ、完全に優花ちゃんが壊れてる……。
「幽体離脱、といえばいいのかわからないけど、とにかく僕と優花の中に、竜太さんと姫花さんが乗り移ったんだ。ここまではいいか?」
「よくないよ……」
どうしよう、陽太君も壊れてる……。
「いや、悪い。僕もどう説明すればいいのかわからなくてさ……頼むからそんな絶望した目を向けないでくれ」
「じゃあ、ちゃんと説明してほしいな」
すると、優花ちゃんが立ち上がった。
「だったら、私が優花ちゃんではなく姫花お姉ちゃんであることを証明してみせよう! 優花ちゃんが知らない、私だけが知っている白雪のことを言えば信じてくれる?」
「う、うん……そういうことなら、まあ……」
変なこと、言わなきゃいいけど……。
「昨日、白雪がお風呂上りに測った体重は――」
「ほわあああああっ!? たしかに昨日姫花お姉ちゃんと鉢合わせて言ったけれども! なんで優花ちゃんがそのこと知ってるの!?」
「いや、だから優花ちゃんの中に私が入ったってことの証明になるだろうと……」
「わ、わかった! もうわかったから! それより陽太君、今の聞こえてないよね!? ね!?」
「え? 昨日、白雪がお風呂上りに測った体重は四十七キロ?」
き、聞かれて……いた……。
あれ? これはなにかの、悪夢かな? そ、そうだよ、悪夢に違いないよ!
だ、だいたい、あのみんなに優しい陽太君がさ? 女の子の体重を聞いてしまったかもしれないタイミングで、それを知られた本人から「聞いた?」なんて聞かれたらどうすると思う? 陽太君ならありのままを正直に答えるよね!
「ふぁあああああ」
「白雪が壊れた!?」
好きな人に体重バレるとか、女の子には死刑宣告なんだよ!
卑屈な笑みを浮かべながら立ち去ろうとする私の手首が、パシっと掴まれた。てっきり優花ちゃんの身体に入った姫花お姉ちゃんだと思ったけれど、振り返ったらなんと陽太君。
「待ってくれ、白雪」
「や、やだ……! 見ないで……!」
陽太君の手を振り払った瞬間、やっちゃった、って後悔した。
これじゃ私、陽太君にめんどくさい女の子って思われちゃっても仕方ないよね……。
でも、陽太君は諦めない。
あろうことか、正面から私の両肩を掴んだの。真後ろにはリビングの壁。うそ、これじゃ逃げられない――。
視界いっぱいに、陽太君の顔。いや、近すぎるって……!
陽太君と見つめあうだけで、胸の鼓動がどんどん高鳴ってく。
目を逸らさないと顔から火が出ちゃいそうなのに、逸らせない。逸らしたくない。
息がつまりそうなほどに心臓が激しくなったところで、陽太君が私に言った。
「頼む。白雪の協力が必要なんだ」
「…………はぃ」
陽太君の顔が、離れていく。両肩から陽太君の手の温度が引いていく。
ふおおおおおおお……。
意識が遠のき眩暈すらする。
けどまだ、同じ空間にいるんだ。卒倒している場合じゃない。
これから困ってる陽太君の力になるんだ。まだ始まってすらないのだ。
陽太君に、私を好きになってもらうためにも……!
「あ、あの! 神原君っ」
「ん?」
「私、頑張るよ!」
協力する意思を伝えたら、陽太君が、微笑んだ。
「ああ、助かる」
そうだよ! そのはにかむような笑顔が見たかったんだよ!
「それで私は、なにをすればいいのかな!?」
大好きな笑顔を見せてくれたんだもん、どんなことでもやり遂げてみせるよ!
気合いを込めた私に、陽太君ははっきりと言った。
「僕らが寝ているところを見ていてほしい」
「…………こおおおおおおおおおおおおお」
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