強いお姉さんが好きでした

中田カナ

第1話

「僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」


 冒険者ギルドに隣接する酒場。

 どうみても場違いな服装の僕が入っていくと、それまでのざわつきが急に引いていった。

 そしてジョッキを手にしていた彼女を見つけ、ひざまずいて小さな花束を差し出して求婚の言葉を口にしたら、一瞬の完全な沈黙の後に野太い歓声や口笛がいっせいに上がった。

「ヒューヒュー!坊ちゃん、やるなぁ!」

「お前、見る目があるぞ!」

「嬢ちゃん、ここまでやってくれてんだ。受けてやれよ」

 みんな言いたい放題である。


 若いながらもこのあたりでは名の知れた冒険者である彼女は、花束を受け取ってはくれなかった。

「悪いね、アンタがどうこうというよりアタシは貴族とかが大嫌いなんだ」

 彼女はこちらを見ることなく、ジョッキのエールを飲み続ける。

「でも僕達の護衛の仕事は請けてくれたじゃないですか」

「あれは護衛対象に女性がいたから、頼み込まれてしかたなく、だ」

 先月、彼女は僕と姉が王都へ行く際に護衛についてくれた。道中、襲いかかって来た盗賊達を目にも留まらぬ速さで切り捨て、仲間の冒険者達に的確な指示を出す。その時の強さとかっこよさが僕は忘れられなかったのだ。

「ったく、酔いがさめちまったよ。アタシはもう帰るから、坊ちゃんも早いとこ帰りな」

 ダンッとジョッキをテーブルに置いた彼女は立ち上がり、支払いを済ませてさっさと出て行ってしまった。


「坊ちゃん、女を見る目はいいようだが、アレはむずかしいぞ」

 彼女といつも組んでいる大柄なひげモジャの男性冒険者は、がっかりしていた僕を隣に座らせる。

 おごりだと言って手渡されたのは木のカップに入ったミルクだった。子供扱いは不本意だったが、おごりを断るのも悪いと思って飲み始める。

「アイツが言ってただろ?貴族は嫌いだって」

 でも、護衛についてくれた時は別に変な態度ではなかったと思うんだけど。

「貴族と何かあったんですか?」

「まぁ、いろいろとな」

 結局、教えてはもらえなかった。

「それを飲んだら送っていってやる。このあたりはよそに比べりゃ治安はいいが、それでも夜は物騒だからな」


 ひげモジャ冒険者さんと酒場を出る。満月がやわらかく街を照らす。

「坊ちゃん、年はいくつだ?」

「来月には10歳になる」

「アイツはずいぶん年上じゃねぇか」

 僕はムッとする。

「誰かを好きになるのに年齢は関係ないって亡くなった父様は言ってたもん」

「そういや前の領主様はずいぶん若い嫁さんをもらってたんだっけな」

 母様は僕を生んでまもなく亡くなられたので全然覚えていない。


 ひげモジャ冒険者さんは、たっぷりと蓄えたひげをなでながら何か考えていたようだったが、ふいに立ち止まった。

「アイツのことを教えてやってもいいが、坊ちゃんは男と男の約束は守れるか?」

「うん!」

「本当にアイツに対して本気なのか?」

「もちろん!」

 しゃがんで目線を合わせるひげモジャ冒険者さん。

「絶対に彼女を傷つけないと誓えるか?」

「僕の名にかけて誓う」

 大きくうなずいた。


 再び歩き出す。

「アイツはな、今の領主様と恋仲だったんだよ。このあたりの冒険者ならだいたい知ってるな」

 思いがけない言葉だった。

「…兄様と?」

「出会いのきっかけは坊ちゃんと同じ護衛任務だったな。そこから親しくなったんだが、結局は別れちまった」

「どうして?」

「それは2人にしかわからないさ。だが、どっちもいまだに新しい恋人はできちゃいないようだがな」

 ひげモジャ冒険者さんがうちの門の前で立ち止まる。

「俺から話せるのはここまでだ。あとは自分で考えて行動しろ。ただし女を泣かすようなことだけは絶対にするなよ」

 僕がうなずくと、わしゃわしゃとなでられた。

「さぁ、着いたぞ。どうせ無断で抜け出してきたんだろうから、たっぷり叱られてくるんだな」

 その日は兄様と執事とメイド頭にさんざん叱られ、1週間の外出禁止とおやつ抜きの刑となった。



 外出禁止の間、僕は兄様の手伝いをさせられた。といっても簡単なことしか出来ないけれど。

 父様が急な病でこの世を去り、若くして領主となった兄様の忙しさを初めて知った。さらに僕が寝た後も遅くまで仕事をしているらしい。

 外出禁止が解けても仕事を手伝おうと僕は思った。


「さて、ちょっと休憩しようか」

 執務室にお茶と焼き菓子が運ばれてくる。

「兄様、1つ聞いてもいい?」

「何かな?」

「どうしてあの冒険者さんと別れたの?」

 カップを持つ兄様の手が止まった。

「それ、どこで知ったの?」

「こないだの夜、うちを抜け出した時にひげモジャの冒険者さんから聞いた」

 兄様がカップをテーブルに戻す。

「亡くなった父上は彼女との仲を認めてくれてたよ。でも父上が急に亡くなり、私が跡を継いでしばらく経ってから別れを切り出した」


 僕はひげモジャ冒険者さんから『自分で考えろ』と言われたので、あれからいろいろ考えていた。

「…それってもしかして水害のせい?」

 兄様が驚いた表情を見せる。

「ああ、そのとおりだ」

 兄様が領主になって1年も経たない頃に大きな水害が起きた。死者こそ出なかったが、被害は甚大で今もその対応に追われている。

「彼女は私をそばで支えると言った。だけど先の見通しがまったく立たない状態で苦労させたくなかった。彼女には幸せになってほしいから、私から別れを告げたんだ」

 聞くのが少し怖いけれど、勇気を出して聞いてみる。

「兄様は、あの冒険者さんを嫌いになったわけじゃないんだよね?」

「もちろん。今でも愛しているからこそ、誰よりも彼女の幸せを願っているよ」

 兄様は寂しそうな笑顔を浮かべていた。



 外出禁止が解けた僕は、再び冒険者ギルドに隣接する酒場へ行った。

 昼間は食事処としてそれなりににぎわっていて、ひげモジャ冒険者さんと女冒険者さんの姿もそこにあった。

「ったく、また来たのかい?」

 嫌そうな顔をされる。

「あの、今日はお話をしに来たんです。少しでいいからお時間をいただけますか?」

 ため息をつく彼女。

「わかったよ。ここじゃ騒がしいから外で話そうか」

 すでに食事を終えていた女冒険者さんは立ち上がった。ひげモジャ冒険者さんは笑顔で手を振って僕達を送り出した。



 酒場から少し歩いたところにある公園のベンチに座る。女冒険者さんは屋台のクレープを2つ買って1つを僕にくれた。

「僕がおごります」

 そう言ったけど、

「そういうことは自分で稼いでから言いな」

 と出させてもらえなかった。


「僕、貴女が兄様の恋人だったことを知ってしまいました」

 小さなため息が聞こえた。

「ああ、そのことか。もう昔の話だ。こっちは捨てられちまった立場だしな」

「捨てられたの?」

「ああ。何があっても一緒にがんばるって言ったのに『君に苦労をかけたくない』の一辺倒でさ。変なところで頑固なんだよ、あの人は」

 やっぱり聞くのが少し怖いけれど、勇気を出して聞いてみる。

「貴女は兄様を嫌いになったわけじゃないんだよね?」

「ああ、今でも好きだよ。だけどあの人の邪魔にはなりたくないんだ」

 そこには兄様と同じような寂しげな笑顔があった。

 そんな表情を見た僕は、この人に兄様の想いを伝えなきゃ、と思った。

「あのね、兄様も貴女のことが今でも好きで、幸せになってほしいって言ってたよ」

 女冒険者さんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 無言で残りのクレープを食べ終えた女冒険者さんが僕の方を見た。

「なぁ、坊ちゃん。1つ聞いていいか?」

「はい」

「アンタの兄ちゃん、新しい縁談とか来てるのかい?」

 僕は首を横に振る。

「ううん。水害の後処理で問題がまだ山ほどあるから、そんな話はこないみたい」

「そっか」


「本当は何も言わないでいるつもりだったんだけど、坊ちゃんには言っておこうか」

 女冒険者さんが立ち上がる。

「アタシ、もうすぐこの街を去るんだ。冒険者も辞める」

「えっ?!」

 驚いて僕も立ち上がる。

「他にやりたいことが出来たんだ。そのためによそへ移ることにした」

 女冒険者さんはしゃがんで僕に目線を合わせてくれた。

「本当は前から迷ってた。でも、坊ちゃんのプロポーズで気がついたんだ。アタシも勇気を出さなきゃ!ってね」

 僕は涙がこぼれそうになるのをこらえる。

「もう…会えないの?」

「きっとまた会えるさ。それまで兄ちゃんを支えてがんばりな」

 声を出すと泣き出してしまいそうなので、こくこくとうなずいた。

「悪いがプロポーズは受けてやれないけど、坊ちゃんのことは好きだよ。アンタはいい男だ」

 女冒険者さんは僕の頬にキスだけ残して振り返ることなく去っていった。


 誰もいなくなった公園で僕は大泣きした。

 ようやく泣き止んで家に帰ったら、兄様に真っ赤になった目を驚かれた。

 なんとか言葉を繋いで女冒険者さんがいなくなることを兄様に話すと、

「そうか」

 と一言だけこぼした。



 女冒険者さんがこの街からいなくなって半年ほど経った頃。

 兄様に縁談話が持ち上がった。亡くなった父様と親しかった男爵家の末娘で、貴族女性としては少し嫁ぎ遅れともいえる年齢。婚姻は膨大な費用のかかる治水工事の支援条件の1つだった。

 早々に兄様は受諾の返答を出した。

「兄様、本当にいいんですか?」

 寂しげな笑顔を浮かべる兄様。

「ああ。末のお嬢さんにはお会いしたことはないが、男爵殿は父上が亡くなった時にも力になってくれた。あの方のお嬢さんならば、きっとうまくやっていけると思う」

 兄様は自分の幸せよりも領民を守ることを選んだのだ、ということが痛いほどわかった。



 さらに1年ほどが経って兄様のお嫁さんがやってくる日。

 到着した馬車から先に降りてきたのは、どう見てもひげモジャ冒険者さん。女冒険者さんとともに街を去った彼は、騎士服をきっちりと着こなしている。

 そんな彼に手を取られて降りてきたのは、シンプルながら上品なドレスに身を包んだ女冒険者さんだった。

 上品な言葉遣いで到着の挨拶をして淑女の礼をすると兄様に飛びついた。

「もう押しかけてきちまったから返品不可だぞ!」

 しばらく呆然としていた兄様も強く抱きしめ返していた。

「今までごめん。もう離さないから」


 ひげモジャ冒険者さん…じゃなくて護衛騎士さんが教えてくれた。

 男爵の先妻の子供達との折り合いが悪かった彼女は、家を飛び出して冒険者になったそうだ。そしてひげモジャ冒険者さんは男爵が彼女につけたお目付け役だった。

 彼女はうちの領地への支援を得るため、そして我が家に嫁ぐために男爵家に戻って頭を下げ、各種マナーや領地経営に関する知識を詰め込んできたらしい。

 長い長い抱擁がようやく終わり、元女冒険者さんが僕の方を見た。

「姉様、これからよろしくお願いいたします」

 笑顔で挨拶するとニッコリと笑い返してくれた。


 初恋の傷跡は痛まなかった。

 なぜなら最後に馬車から降りてきた侍女にすっかり心奪われていたから。

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強いお姉さんが好きでした 中田カナ @camo36152

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