第33話 変態、思い通りに事が進む

【ロゼ】 


 修練場。

「「「「はぁ……はぁ……」」」」

 延長戦も終盤。わたしの魔力はいよいよ枯渇寸前だった。

 

 極太の稲妻を射出してくるルナ。

 一瞬の隙を縫って懐に飛び込んでくる椿。

 桁違いの威力と速度で迫ってくるセラ。


 ……チッ。腐っても特待生ね。

 さすがのロゼちゃんも三方向に意識を割きながら、各々の特性を活かした魔術や剣術を避けるのは骨が折れるっつうの。


 ——これだけのじゃじゃ馬を一斉に相手にしておきながら、捌ききってみせたセツナはバケモノね。


 認めたくないけれど乱戦してようやくわかったわ。彼女たちを制御下に置くことがいかに人間離れした技だったのかって。


 わたしは黒ゴスに目を向ける。

 あー、もうボロボロじゃん。椿の刃が何度も掠ったあげく、いたるところが熱や電撃で焼け焦げてしまってる。

 それはみんなもそうだったらしく、セツナが喜びそうな——衣服が機能を果たさず、肌色多めの光景ができあがっていた。

 かろうじて残った椿の袴からは隠されていた艶かしくも筋肉質の脚が大胆に露出し。

 セラの魔術師として厳格を見せつける衣装は見る影もなくなり、腕や脚、胸などあらゆるところが露出してしまっている。

 衣装がそんな状態なのに、吸血鬼の再生で肌は処女雪のように繊細かつ滑らか、驚くほど白いという。

 アンバランスにもほどがあるわよ。


 ルナは……とチラッと横目で流し見る。

 あー、はいはい。あんたの乳が無駄にデカいってことはわかったわよ。

 溢れ落ちそう、ていうか、もうこぼれてない?

 

「——まだ続けるつもりかしら?」


 肌こそ綺麗なセラだけど、見るからに疲労が溜まってる。余裕があるような言動はおそらくポーズ。

 魔術師お得意のハッタリ。本当は立っているのもやっとのはず。

 なにせ【黒血術】が解かれている。現在は反動のせいで、口を開くのも億劫なんじゃない?

 

 まっ、それはわたしも同じなんだけど。


「謝る気はないわけ?」

 とロゼちゃんはジト目でセラを刺す。

「謝ることなんてあったかしら」


 あっ、ダメだ。セツナの気持ちがちょっとわかった気がする。吸血鬼ってこういう傲慢なところが癪に触るのよね。


「……セラのこういう性格は今に始まったことではないだろう。それよりもこの不毛な争いをどうやって切り上げるか、だろう?」


 刀を杖にして椿が口を挟んでくる。

 彼女も【鬼人化】が解かれた状態。種族上、鬼は忍耐強いのが特徴なのに片膝をついているという現実。


 わたしも魔力枯渇寸前だし、これ以上は心身に悪影響が出始めるギリギリね。

「あら椿。言ってくれるじゃない。そういう貴女は私と違って性格ね」

「……はぁ。それ以上はやめておけセラ。これ以上はお前も辛いだろう」

「さあ、どうかしら」

 

 バチバチと視線で火花を散らしあう鬼と吸血鬼。

【鬼人化】と【黒血術】の特性は一蓮托生したあの日に共有済み。

 そのとき二人が口にしたのはリバウンドの存在。互いに『立っているのもやっと』であることを打ち明けている。

 我慢強い鬼と負けず嫌いの吸血鬼。セツナを殺すときは抜群の相性だったんだけどなー。

 それが今や見る影もないわよ。


「ちょっとセラ。挑発禁止! あんたらが全然折れないから告白するけど、もう魔力が底をつきかけてんの! これ以上続けるつもりならわたし抜きでやってよね」

「ロゼさんに賛成ですわ。わたくしが今さら言えた口ではありませんけど、一度ここで冷静になってくださいまし」


「「ふんっ……!」」

 セラと椿が忌々しいと言いたげにそっぽを向く。

 あんたらね……いやいや、冷静に。これ以上はほんとシャレにならないし、落ち着けー。


「で? どうすんの? 水着と下着新調を全員で拒否するわけ?」

「「「…………」」」


 質問に黙り込んでしまう三人。わたしと違って三人はチカラを渇望している。

 セツナに選ばれたときの報酬ボーナスとそれを得るために覚える屈辱。

 それらを天秤にかけて思案している様子。


「もちろん拒否ボイコットで行きましょう」とセラ。

 誰が言っとんねん、とジト目のわたしたち。胸中で関西弁になってしまうぐらいには不満が残っていた。


「セラさん。さすがのわたくしも謝罪なしにそれは信じられませんわ」


 ルナの主張はごもっとも。ここまで散々揉めに揉めて、それはないわー。

 この場でそれを鵜呑みするほどわたしたちはバカじゃないっての。


「じゃあさ【制約ギアス】で強制的に遵守するってことでどう?」

「「「…………」」」


 再び押し黙る三人。セラはわかるとしてルナと椿! あんたらは普通賛成する場面でしょうが! 

 えっ⁉︎ まさか二人まで出し抜こうとしてるわけ! 

 なに吸血鬼と一緒になって悩み始めてんのよ! あーもう、マジでめんどくさっ!


 この光景はまさしく仲間割れ。みんな疑心暗鬼になっている。

 

 わたしはセツナの言動を振り返ってみる。

『「俺は慈悲講師だからな。先生っぽいこともしてやるよ」

「各自、強化合宿で鍛えたい技術や克服したい弱点、習得したい魔術があればレポートを作成し、ロゼを通して俺に提出しろ。一考ぐらいはしてやる」』


 なるほど。そういうこと。まんまとあんたの思惑どおり

 セツナはわたしたちに奴隷紋を刻んで以降、本当に自習だけを言い渡してきた。

 なのに特別なチカラを所有する存在であることだけは強烈に脳に植え付けられている。


 そんな男から直々に鍛え上げてやる、と珍しく口にされれば、藁をも掴む思いになるのは仕方ないってわけね。

 

 あいつの真相に追いつくと同時。

 セラは、

「ふっ。私たちは仲間チームじゃない。【制約】なんて発動しなくても大丈夫よ」

 鼻で笑いながらそんなことを言う。


 ——ピキッ。


 凍った湖にヒビが入ったような音がわたし、椿、ルナの額から聞こえた気がした。

 百万歩譲って謝罪しないことはいいわよ。あっ、いや、いいってことはないんだけど、それはともかく!

 なんで小馬鹿にしたように鼻で笑ってんのよ⁉︎ えっ、なに、人を怒らせる天才なの?


「セラ、貴様……!」「セラさん、貴女という方は……!」「あんたねえ……!」


 この後に及んで【制約】は使わない。でもみんなでセツナは無視しましょうね、仲間じゃない、だぁ⁉︎

 マジでいい加減にしなさいよ! 


「やっぱり抜けがけする気満々じゃない!」

「なによ? わたしのことが信じられないの? 参謀が聞いて呆れるわね」

「っ! いいだろう! 貴様がそういう態度なら私も好きにさせてもらう。後になって己が選ばれなかったことを嘆いても遅いぞ!」


 堪忍袋の緒が切れた椿は聞くに耐えんと言わんばかりに立ち上がり刀を鞘に収める。

 わたしたちに背を向け修練場を後にしようとする。

『後になって己が選ばれなかったことを嘆いても遅いぞ!』?

 ……ゾワッと。背筋から何か良くないものが駆け上がってくるような感覚。

 いまの発言の意図するところって下着や水着を新調し、セツナの提示したレースに参戦表明したってことよね⁉︎

 ……ヤバッ!


 いまさらになって本格的に焦るわたし。

 あのセツナがこの展開を読めていないわけがない。

 つまり、あいつはこの流れさえも折り込み済み。

 嫌いな男に全力かつ真剣に選んだ水着や下着姿を披露しなくちゃいけなくなってるんだけど!

 

 そんなの絶対、セツナが喜ぶやつじゃない! つーか、自分の性癖を満たすためにここまでえげつない先読みするとか、他に使い道ないわけ! 呆れてものも言え——、


「そ。勘違いしているようだから言っておくけれど、この勝負に勝利するのは私以外ありえないわ。だって私、美人だもの」


 あー、ちょッ! セラも変なスイッチが——それも女のそれが入っちゃった!

 ちょっと待っ——と制止するより早く、肉体が大量の蝙蝠こうもりとなり、霧散する。


「ふふっ。こうなっては仕方ありませんわね。本意ではありませんけれど、女としての魅力はわたくしに敵わないことを思い知らせて差し上げますわ」


 最後にルナも黄金の雷を纏ったかと思いきや、バチッと空気が弾ける音だけを残し修練場を後にする。


 なにもできずに取り残されるわたしは叫ばずにはいられない。


「セツナの鬼畜野郎おおおおおぉぉぉぉ!」

 

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