第16話 冒険者ジルク-11

ドラゴンは冒険者の基準でいうところのAクラス下位の魔物だ。地上でいえばグレイオーガやゴブリンキングと同等であり、空を飛ぶワイバーンが戦いにすらならないのだから脅威以外の何物でもない。

こいつ以上となるとマイマイの成体や五大種族の戦闘部門のやつら、そして災害くらいのものになる。人間の冒険者からすれば戦うことは選択肢からなくなる連中だ。


空を飛ぶことがドラゴンの武器の一つであり洞窟だから飛べないかもしれない。が、既にその疑問は悪い方へと解決されている。今回の広間の上の方を見るとかなり奥行きがある。一時的に空を飛ぶだけなら十分に可能だろう。



単独で魔術に縛りがある状態でドラゴンと戦え?。無茶ぶりにも程がある。


魔力強化を使う以外に選択肢は……ない。生命力による身体強化はせいぜい一分程度に時間を絞らないとしかマトモな戦いにならない。しかもマトモな戦いになったからと言って倒せるかは別だ。


倒すとするなら弱点をつくしかなく、ドラゴンには逆鱗と呼ばれる弱点はある。その鱗を砕けば一瞬で倒れるとも言われるが、最も硬いところとも言われる。今のあたしが倒すにはそこを砕くしかないが、生命力による身体強化だけでは不可能だ。どうしても魔力による身体強化をしないと届かないだろう。


「当たって砕けるしかない?。いや、まだ何かあるはず……」


その後一時間近く考え続けていたが、どれもうまくいく予想がつかない。それどころか長考し過ぎで知恵熱でも出たのか、いつの間にか眠ってしまった。


「使うしかない」


眠りから目覚めたあたしは身体の調子を確認し、広間へと歩を進める。

倒すための結論は出なかった。魔術による身体強化無しで戦えというのはどうやっても不可能だ。なら方法はもはや一つしかない。


「30秒でケリをつける」


生命力による身体強化を最大まで引き上げる。打ち込む一撃はさらに暴走させるレベルの強化を行い、砕き切れなければ負けて死ぬ。そういう賭けに出る以外に方法はなかった。


あたしに気づいたのか寝ていたドラゴンが起き上がる。のっそりとした動きはこちらを舐めている動きそのものであり、強者の余裕を見せつけている。尻尾抜いて十数mの巨体だ。余裕もあってしかるべきだろう。


それが命取りだということを教えてやる……!。


「らぁぁぁぁ!!!」


叫びながらドラゴンの周囲を回り込むように走り続ける。効かない程の弱さに調整した回復魔術をドラゴンにかけ、ドラゴンの魔力の動きを確認し続ける。


「グォ」

「おわっ!?」


蚊を落とすように何気なく振るった攻撃があたしの髪を撫でた。込められた魔力があたしの身体に触れ、これだけでどれだけの戦力差があるのかよく分かってしまう。


例えるなら鍛えた大人と未熟な子供の身体の差。才能があるなし関係なしに一方的に殺されるだろう。

けれど今回は喉笛を食い千切る覚悟を持った子供だ。そう簡単に殺されてたまるか。


十秒程でドラゴンの周りを駆け巡り、おおよその逆鱗の位置を把握した。少なくとも地上のあたしから届く身体の範囲にはない。おそらく折りたたんでいる翼の中か、背中のどちらか。

ともなるとこちらが跳び、切りつけるしかない。飛ぶドラゴンを相手にそれは無謀が過ぎる。


だから余裕こいて飛ばない今しかない。


「あぁぁっ!」


身体強化をさらに強め、壁を蹴ってドラゴンの背中へと跳ぶ。同時に回復魔術をかけて逆鱗の場所を見つけ出す。

どこだ、どこにある?。背中に着地してもせいぜい一歩だけだ。その範囲になければ詰みに近い。


「グォ?」

「っ!」


ドラゴンの背中を一歩踏み、調べていない方へと跳ぶ。だが今の一歩で足は多少ダメージを負っていた。ドラゴンの攻撃的な魔力を纏った鱗に触れたからだ。動けない程ではないが、回復を頭に入れないといけない。


「っ!。見つけたぁ!」


尻尾の付け根の背中側、そこにある一枚の鱗だ。そこだけが回復魔術の掛かり方が明らかにおかしかった。他の鱗は微弱だが回復魔術で活性化したが、そこだけは全く何の反応も起こさなかったのだ。


ドラゴンの逆鱗は物理的に硬く、魔術を一切通さないという特性を持つと聞いたことがある。伝聞に過ぎないそれに命をかけるのは馬鹿だと思いながらも、それに縋る以外に方法はなかった。


あたしは見つけたことに一瞬の安堵、すなわち油断をした。たった一瞬の油断を強者は許さない。


「がっ!?」

「グゥゥ」


視界外から尻尾が振るわれ、地面に叩きつけられる。尻尾が直撃した時から回復魔術を行使してなければこれだけでも死んでいたかもしれない。


「ぐぐ……!」


全力で回復魔術を展開し、すぐさま立ち上がりとんできた攻撃を横っ飛びして避ける。

重傷から回復しきるには全力でも数秒はかかる。一秒とたっていない状態で回避行動をとったことで更に傷は悪化する。


「どうす……!」


あたしが悩む時間さえドラゴンは与える気はないらしい。翼を広げて空へ飛ぼうと動き出していた。

空を飛んでブレスによる範囲攻撃で殺す気だろう。ちょこまか動く相手にはこれ以上ない攻撃方法だ。


跳ぶ前に逆鱗を砕くために身体を動かそうとするも、身体が言うことを聞かない。さっきの尻尾によるダメージと回復しきってない状態での回避行動だけではない。


「これは……!」


周囲にドラゴンの魔力が満ち溢れている。それは言うなれば魔力の霧となり、その魔力を持つもの以外の行動を阻害する。

そんな魔力を持った空気だ。生命力による身体強化への阻害が効果的なのは、今のあたしの状況からも明確だった。


魔術による強化を行使する?、今にもブレスを撃たれそうであり間に合わない。

撤退する?、範囲攻撃である以上回避が間に合わない。

防御魔術を展開する?、明らかに魔力総量が違い過ぎる。耐え切れないのは明白だ。


詰み。その言葉が頭の中を支配する。死ぬこと自体は冒険者として覚悟してきたことだ。だが理不尽でもなく、何か手があったという失墜の中で死ぬのは嫌な死に方だ。

せめて一太刀打ち込めれば……。


ドラゴンのいる空を見上げる。

しかし目の前に現れる死に絶望するあたしの目に映ったのはドラゴンの姿だけではなかった。


「グォォォォォォ!!??」


ドラゴンがブレスを放とうとした瞬間、ドラゴンの背中に隕石でも落ちたかのような衝撃が打ち込まれ、その逆鱗が砕かれた。


力を失い、自然に落ちてくるドラゴン。そしてその背中には槍を携えた一人の女騎士の姿があった。

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