「ちょっと振り返ってごらん」

雪水ゆきみちゃん、ちょっと振り返ってごらん」


 雪水は、涙を指でぬぐって、ゆっくりと振り返った。


 そこには、雪の上に残してきた、ふたりの足跡があった。


「雪水ちゃんは、幽霊のように、足跡をつけずに歩いてきたわけではないだろう。こんな、雪につけた足跡なんて、明け方には消えてしまいそうなものだけれど。でも、いままでの人生で刻んできた足跡って、退屈さが残されていないんだよね……退屈は、ずっと、にあるんだから」




 雪水は、こう言った。


 ――――お兄さん、もう、行きましょう。


 強い風は止んでしまった。冷ややかな、色のない、張りつめた空気が、ふたりのシルエットを、静かに包みきっていた。


「うん、行こう」


 すでに、鳥居は見えている。


 最後の一段のところで、のぼるは、雪水ゆきみに手を差し出した。雪水は、その手を、うすべに色の手袋でにぎった。その手袋の冷たさは、なにもつけていない旗の左手に、ちくちくとした痛みを伝えた。それでも、旗は、雪水の身体を引っぱって、自分の方へともっていった。


 旗は、自分が生まれ育った村を見おろした。家々の姿は、降り積もった雪のせいで、はっきりとは見えない。しかし、この村でたくましく生きる人びとの寝息だけは、聞こえてくるような気がした。

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