「死んでしまいたいなって……」

 月あかりは、やみを、どこまでも沈ませている。鳥居の輪郭は、どこか、青白く見える。


「お兄さん、私もなんだか、おかしいみたいです。おかしいから、なんでも言っちゃうんだと思います。そう……これが私の望んでいることなんでしょうね。ありきたりな生活にしばられてしまう苦しさが……日常がどこまでも繰り返されるつまらなさが、一気に今日、あふれちゃって。なんだか……」


 のぼるは、雪水ゆきみが話し終わるまで、その言葉を背中で聞いていた。そして、声が途切とぎれたところで、振り返った。


「僕もそうだよ」

「…………」

「僕も、したいことなんてできていない。ありきたりな日々の繰り返し」


 月の見える夜は、もう太陽なんて消えてしまって、二度と、のぼってくることはないのではないかと思えてしまう。やみのなかに、言い知れない感傷がまれている。ひとは、うまく笑うことができなくなる、そんな夜。


「私は、生まれない方が良かったって……たまに思うんです。死んでしまいたいなって……退屈って、どんな病気より苦しい、私にとっては……」


「死んでしまったら、こんなバカみたいに、誰もいない深夜に初詣なんて、できやしない。雪水ちゃん。どうしようもなく続いていく、ありきたりな日常は、嫌なものだけれど、悪いものではないって、僕は思ってる。だって……」


「お兄さんに、私のなにがわかるんですか? 私の苦しみを、私の息苦しさを……」


「わからないよ。だけれど、まったくわからないわけじゃない。だから、こんなところまで付き合ってきたんだよ」


 雪水は、あの優しい月光のたもとで、一筋の涙を流していた。

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