イグジット――ヒット・アンド・アウェー

 ちらちらと雪が降っている。風は西へ吹いたかと思うと南へ旋回して、雪道の表面をかすめとる。


 足跡は一本道に判をして、規則的に山の方へと続いている。街灯はひややかなあかりを落とし、ちらつく雪をかせている。


 このままでは追いつけない。のぼるは歩調を速めた。しかし、起き抜けの旗は、足にまとわりつく雪の重みをかえりみずに、走ることなどできはしなかった。




 ようやく、五つ先の街頭の下に人影が見えた。深夜の寂寞せきばくのたもとで、ひとりの女性が傘もささずに、しぶしぶと降る雪に耐え忍んで歩いている姿は、のぼるに霊的な感性を抱かせた。旗は、思い切ってその女性――雪水ゆきみの方へと走り、距離を詰めていった。


「雪水ちゃん」


 深夜の静寂の雪道で、突然男が自分を呼んだのだ。雪水はあまりの驚きに、振り返りもせず、小さな悲鳴を上げて走り去った。


 旗は、その後ろ姿へ、言葉を投げかける。


「雪水ちゃん! 幹人みきとの兄だよ!」


 十メートルほど先で、雪水が振り向いた。演劇のワンシーンのように、ふたりは街灯の微光のなだらかな光の束のたもとで、向かいあった。


 黒くて長くて、ほのかに雪をかぶった髪。ベージュ色のコートの寂しさ。


 旗は、この十歳は離れているであろう雪水を見つめたまま、動けなくなった。


 すると雪水が、そろそろと旗の方へと近づいてきた。今度は、旗が両肩を震わせる番だった。


「幹人くんのお兄さん? 本当に?」


 雪水は三メートルほど先でぴたりと止まり、まじまじと旗を見つめた。


「そうだよ。居間で寝ていたら扉が開く音がして、足跡が向こうへ向こうへ伸びていたから、急いで追ってみれば……一体、傘もささずに、何も持たずに、どこへ行こうというんだ」


「そんなに怖い顔をしないでよ。あ、幹人くんのお兄さんだから敬語を使わないといけないのか」


「そんなことは、どうでもいいから」


「お兄さんだって、傘をささずに持っているじゃないですか。それはいったい、なんの傘です? 使いもしないで」


 そう言われてはじめて、雪水の分の傘を持ってきていないことに、旗は気づいた。そして、傘をさすほどの大雪も降りそうになかった。


「……自衛用の傘だよ。泥棒だったらこれで殴ってた」


「殴ってどうするんです。居直られたら死んじゃいますよ。殴り殺すつもりですか。そんなことをしたら、捕まるのはお兄さんですよ」


「イグジットするつもりだったんだよ」


「イグジット?」


「ヒット・アンド・アウェーくらいの意味だよ」


 雪水は一歩ずつ、旗の方へと近づいていった。季節外れの花の香が、旗のはなをくすぐった。


「まあ、いいです。で、お兄さんは私をどうするつもりです? 襲いますか?」


「しない、しない」


 雪水が、意外にも、暴力的な発言をすることに、旗はなにやら不安めいたものを感じた。


「帰ろう。寒いし、暗いし、このまま歩いていたら、なにが起こるかわからないよ」


「いやです。

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