散草 右円『雪念仏』(102-104頁)

 ばあさんが死んだからって、おれのこころから、完全にexcludeされたわけではない。しかし、魂とか肉体とか、ばあさんと地上を繋ぐ痕跡が、excludeしたのには違いないんだ。だとしたら、おれのこころにincludeしているのはなんだ。それは、おれが解釈したばあさんであり、おれが選択したばあさんの記憶であり……じゃあ、欺瞞ぎまんなんじゃないか。


 おれは四十九日の念仏が終わると、すぐに煙草を吸いに庭に出た。庭にあるものすべてが、雪をかぶっていた。なんの音もしない。情緒もくそもない。こんな年末を目にすると、いかにも一年の終わりを感じてしまう。


 一年がexcludeして、おれたちは新しい一年をincludeするのだ。本当はなにも変わらないのに。ばあさんの肺は新年になれば治るわけではなかったし、おれの悲しみや苦しみも消えやしないのだ。


「寒くねえのか」


 親父が二階から声をかけてきた。


「明日の朝まで雪だっていうから、二階は全部閉じるんだよ」


 自然からexcludeして、おれたちは家にincludeするわけだ。おれたちは外と内を厳然と区分けして生きている。一身に、なにもかもを抱え込めないんだから、しかたない。しかし、あの桂木の言葉は、あの日からおれを緊縛し続けている。


《内から外へ運動することを避けられるなら、どれくらい楽なのかわからない。しかしぼくたちは、内の快楽に堕落すれば、実現しない革命の夢と永久の闘争を受けいれるしかない》


 おれは、吸い終わった煙草を雪の上に落として、そのままばたりと倒れて、寝返りを打った。ちらちらと舞う雪がまぶしかった。


「アア、雪女見たいに、消えてしまいたいものだね。あれはいいよな。あんな内と外を反復する存在になれたらなあ」


 その時、家の中から親父の怒鳴り声が聞こえてきた。めそめそと泣く雄介を叱っているようだった。死人が生き返るなんて、ありはしないんだ。泣いたってしかたがないさ。おれはもう、泣き疲れたんだよ。


「親父だって、泣いているんだろうにな」


 塀の向こうに、黒い傘が見えた。ようやく、ねえさんが帰ってきたのだろう。今日は、流血沙汰にでもなりそうだと思って、おれはため息をつくしかなかった。

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