斯波 鬼洛『冬眠』(54-55頁)

 今年の雪も、去年降った雪と同じじゃないか。おれはに、またもや愚弄ぐろうされた気分になった。


 おれは家の裏手の蔵から、薪わりの斧を盗んだ。そして、充分に闘える格好をして、あの森へ行くことにした。――なんの了見かしらないが、毎年毎年、同じ雪を降らせるそいつを、こらしめてやらないと気が済まない。


 おれは全身に狼の血をめぐらせながら、雪道を熊のような足取りで踏んでいった。


「おい、吾郎、どこへ行くんだ……それは、斧じゃないか!」


 夜回りをしていたのであろう駐在所の島田は、おれの持っている、月光に冷ややかにきらめく斧を見ると、青ざめて、大声でわめいた。


 島田は、震えながら腰から銃を取り出すと、その銃口をおれに向けてきた。おれは、斧を強く握り抱き上げると、五メートルくらいをへだてて、島田と対峙たいじした。


「吾郎、撃つぞ……撃つぞ!」

「撃てるものなら、撃ってみろ」

「本当に撃つぞ!」

「だから、撃ってみろ」


 しびれをきらした島田は、おれの足もとに、一発の弾を撃ち込んできた。


「その斧を遠くに捨てるんだ」


 島田は一発撃ったことで、撃つことに対する抵抗が、いくぶんか、やわらいでいるようだった。下手な反抗を試みたら、ためらわずに、心臓か頭に一発二発、撃ってくることは間違いなかった。


 おれは、堆積たいせきした雪に、斧を突き刺した。島田は、いつでもおれを銃殺できるよう、銃を構え続けていた。


「島田!」


 おれは島田の名を呼んだ。


「おれを殺すなら、あの森で殺してくれないか! そして、雪の中におれを埋めてくれ。おれは雪を腐らせたいんだ。来年、たまきのために、新しい雪を見せてやりたいんだ!」



   ――――――



 のぼるは、母がテレビを見ているのをよそに、座布団を畳んでまくらにして、本を読んでいた。しかし、テレビの音のせいで――また、時おり話しかけてくる母のせいで、なかなか集中できなかった。

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