epoche

 のぼるは、二階の廊下を、足を忍ばせて歩いた。


 そして、数冊の小説を本棚から抜き取って、一階へ戻ろうとした。


 ちらりと幹人みきとの部屋の障子しょうじを見やるが、そこに雪水ゆきみのシルエットは浮かんでこなかった。


 旗が階段を降りようとしたとき、幹人が下からお盆を持って上ってきた。何回かに分けて運んでくるのだろう。煮物とハンバーグのお皿しかない。年越しそばは用意されていないらしい。旗は、少し残念に思った。


「上がらないでって、言ったじゃないか」


 またもや声を潜めて、幹人は


 手に持った小説を見せたが、幹人は、内心にふとこる怒りを表情に露骨にあらわしていた。こうした態度は、幹人が青春のまっただ中にいることを象徴していた。


 旗は、そそくさと階段を降りた。


 居間から台所に抜けようとするとき、その前に、もう一度、障子を開けて外を見たくなった。


 雪と風が激しく協奏している音は聞こえてくるものの、やはり、すっかり夕方の幕は下りてしまっていた。



 《僕の人生の幕もまた、すっかり下りてしまったのかもしれない》



 旗はそうした不安を、してしまった。


 見上げればそこにあるはずの宇宙は、その冷たい星々を、セピア色の曇の裏側に隠していた。

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