「あら、雪水ちゃんも来ているのね」

 すっかり重くなったストーブの灯油缶を手に勝手口から台所に入ると、幹人みきとが、食器棚の下のスペースに入れてあるおやつを選んでいた。コーラとふたつのコップがお盆に乗せてある。


「おい、寒いんだから、コーラなんてやめておけ。あとでお兄ちゃんが、あたたかいお茶でも持っていってやるから」


「うるさいな……僕たちに干渉しないでよ」


 幹人はのぼると目を合わせようとしない。


「じゃあ、あたたかいお茶をくんで、自分で持っていきなさい。コーラなんて飲んでたら、体が冷えてしまうじゃないか」


「だからさ……僕たちのことは、僕たちのことなんだよ」


 これほどまでに物分かりの悪い性格になってしまったのは、いつからなのだろう。旗は、ため息をひとつついた。


「お兄ちゃん、さっきも言ったけれど、今日は居間で寝てくれない?」


 旗はようやく分かった。おそらく今日は、彼女がここに泊まりに来ているのだろう。それで、自分の部屋を使うのかもしれない――いや、幹人は、自分の部屋でふたりで寝るのだろう。だから、横の部屋に自分がいてほしくないのだ。


 旗は、それなら、今日くらいは居間で寝てもいい気がした。


「わかったよ。母さんに言って、居間に布団ふとんいてもらうから」


「じゃあ、もう二階に上がらないでくれよ」


「はい、はい」


 あまりにもわがままな態度なのに、旗は、なんだか、この弟がかわいらしく感じていた。ほんの少しの間ながら、むかし、凛と付き合っていたことも思いだした。




 しばらくして、玄関の扉が、ガタガタと開く音がした。


「あれ、旗? もう帰ったの?」


 旗は、ストーブの前で身体を温めたまま、玄関の方に向かって、ただいまと声をかけた。


「あら、雪水ゆきみちゃんも来ているのね」


 居間に入ってきた旗の母は、久しぶりの再会であるのに、あっけらかんとしていた。


「ああ、あの子は雪水ちゃんというのか。幹人の部屋にいるよ」


 母は、小さく「寒いねえ」と言った。


「ねえ、雪水ちゃん、かわいかったでしょう」


「いや、姿は見ていないんだ」


「あらら、それは損よ。隣の村の子なんだけど……幹人が通っている学校だったら、一番かわいい子なんじゃないかしら」


「なにを根拠に……」


 しかしなぜ、自分の弟――ありあまる閉塞に押しつぶされそうな自分の弟――の幹人が、そんな女の子と付きあうことができたのか、旗には疑問だった。

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