光景――雪國

「そうだ兄さん、今日は一階の居間で寝てくれない?」


 幹人みきとの突然の申し出に、のぼるきょかれた。


「なんで? 僕の部屋に別の用向きがあるのか?」


「そういうわけじゃないんだけれど……」


「じゃあ、どういうわけだ?」


 その時、インターホンが鳴って、鈍い響きを二階にまで伝えてきた。それと同時に、窓の向こうで、一陣の風が雪をまきあげた。


 旗は、玄関に歩みを戻そうとした。


 しかしそれより先に、幹人が、バタバタと階段を下りていった。幹人への来客なのだろう。旗は自分の部屋に入ることにした。


 部屋の様子は、前に帰省した時と大して変わりがなかった。母が掃除をした分、小物の位置が若干移動しているみたいだったが、それには、なんの違和感も覚えることはなかった。


 旗には、今晩ここを使えない理由が、よく分からなかった。


 足を休めようと畳に座ろうとしたとき、幹人が階段を上ってくる音が聞こえてきた。今度は、優しい、軽やかな足取りだった。そして、その後からもうひとつ、階段を音がした。


 幹人の友人が来たのだろうか。旗は、ふたりに気をつかうつもりで、彼らが部屋に入ってから、一階の居間に引っ込むことにした。


 新しくきなおした靴下の裏は、すでに冷え冷えとしている。旗はようやく、まだ暖房にありついていないことに気づいた。


 幹人の部屋の前を通り過ぎる時、中から女の子の声が聞こえてきた。女友達なのだろうか。いや、幹人にだって、彼女のひとりくらいいてもおかしくはない。…………




 居間の電気をつけると、二回の点滅のあと、パッと光がついて、ゆっくりと部屋の隅々へと広がっていった。しかし、ストーブのボタンを押してみると、給油を知らせる、軽快な音楽が鳴りだした。


 旗は、舌打ちをしてから、ストーブの灯油缶を持って、勝手口を出ていった。小屋へといたる細い道は、びっしりと積もった雪で舗装ほそうされていた。そして、小屋もまた、雪の重さにうんざりとしていた。


 旗は、ポリタンクの中の灯油を、ポンプで移していった。両手は寒さにかじかんで、真っ赤にれてきていた。


 何度も、猛々たけだけしい風が吹き、積もった雪は、眠るひまがなかった。

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