家を抜け出して、雪に足跡を残して
紫鳥コウ
「ただいま」
一陣の冷たい風が、雪が積もった山々の間を吹き抜けていく。
空は深く澄み渡り、秘めたる宇宙を透かしそうなほどである。この村を貫く河川は氷結し、その奥底では清水が
きらめく白雪に、彼の影が静かに落ちる。唇のすき間から、白煙が上がっていく。
木造の家がいくつか現れては、また、雪に
ようやくこの男は、一軒の家にたどりついた。この村によくある、木造の二階建ての家である。夏に新調したという瓦は、雪の下で眠っている。
男は、玄関の扉を開けた。ガタガタとレールが
「ただいま」
家の奥の方へも聞こえるように呼びかけてみたが、返事はない。
しかたなく、重く
しかし、そこにも誰もいない。ただ、火のついていないコンロの上に、大鍋が置いてある。そこで、くらい色をした煮物が息を忍ばせている。
沈黙のなかの孤独は、男の肩にどっしりとのしかかった。
コートをたたみ、右腕にひっかけて、階段を上った。すると、弟の部屋が、ぼんやりと明らんでいた。
「
男は、
「兄さん? 帰ってきたの?」
「たったいまね。母さんは?」
この男の弟——幹人は、ひとつあくびをしたようだった。
「いないの?」
「一階にはいないみたいだ」
「じゃあ、工藤さんの家だよ」
「ああ、工藤さんのところか」
「
凛というのは、この男――
そんな凛は高校を出ると、黒髪をばっさりと短くして、働きだした。一方、旗は、都内の国立大学に進んだ。凛は結婚を機に、仕事を辞めてしまった。かたや、旗は、二十八歳のいまになっても学生のままで、学問の中に閉じ込められている。
いずれは大学教員になりたいと思っているが、いまはまだ、そのポストの空きを待つばかりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます