douze

 門限をあまりにも過ぎていた。



 しかしその門限というのは、、少女の父親の頭の中で制定されたものであった。父親は、少女の帰宅の時間が遅かったことより、どこへ行って、なにをしていたのかの方が、知りたかった。


 ほほを叩いても、抜けるかと思うほど髪を引っ張っても、少女は、本当のことを絶対に言わなかった。


 この父親は、おおよその答えを知っているのに、どうしても、少女の口からそれを言わせなければ気がすまなかった。そして、それを白状させてから、よりひどい拷問にかけるつもりでいた。



「お前はどこへ行っていたんだ……」


 少女の腹に、重たい一撃が蹴り込まれた。


「ごめんなさい、ほんとうに……」


「謝っているだけではわからない……自らの罪を、懺悔しなさい」


 そう言って、少女の髪の毛を、引きちぎれるかと思うほど強くつかみ、無理やり首を反らせて、高みからねめつけてくる、天使と悪魔が抱き合う石像を見せつけた。


「神はお前をなげいている……」


 少女は、幾度いくどとなく、悲痛な叫びをともないながら、謝り続けたが、本当のことを――ふたりだけの記憶として、ずっとこころに留めておきたいことを、この父親に言わないかぎり、あまりにも過酷な仕打ちは、いつまでも終わりそうになかった。


 ここから逃げなければならない。しかし、少女は、逃げても、逃げても、この牢獄ろうごくに帰ってくるしかなかった。ここだけが、少女の帰ることができる、唯一の場所だったから。


 でも、少女にはいま、絶対にのがれることのできる場所が、ひとつだけある。


 あのメモ用紙が、黒色のセーターの裏の、小さなポケットに入っている。あの日からずっと、ここに入れてある。


 少女は、最後の力を振り絞って、父親を振り払った。

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