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 少女が目指した本屋街は、やはり佛田ふつだの知るところだった。



 それを、少女に悟られまいと努力することが、文学的な正解なのだろう。


 この少女とこの空間にいることが、初めての出来事なのだから、気分が落ち込むことは有り得ない。


 見慣れた景色なのに、いつもとは使われている色が違うように、佛田は感じていた。鮮やかで、明るくて、その中にたっぷりと清らかさを含んでいる――そんな色で、満ちあふれている。


 佛田は、古書店の店主たちに、常連だということを言われないか心配だった。しかし、そんな野暮やぼな真似をするほど、文学を知らない店主は、どこにもいなかった。


 少女は、相変わらず黒いセーターを着ていた。肌を見せてはならないのだろう。もう、この教えに慣れてしまって、身体までもが、汗をかかないように教化されてしまったのかもしれない。


 それでも、彼女の初雪のような手が、いつもなら黒色の手袋に覆い隠されている、その手が、まるでなにかを待っているかのように、ぶらぶらと揺れている。


 佛田は優しく少女の手を握った。しかし、放そうかと思った。その気配に少女は気付いて、視線を右手に落とした。佛田は、固く、結び直した。



「こんな格好のわたしと手を繋いでいると、ひと目が気になりませんか?」



 少女は、不安そうな声でいた。



「ぼくはいま、ほかのひとが見えていないよ」


「それは……ずるい言い方です。でも、わたしもひとの目なんて、気にしないことにします」


「……神様は?」


 

佛田は、それをかずにはいられなかった。はっきりさせたかったのだ。



「いまは、神様にはご遠慮してもらいます」



少女は微笑した。胸元のが、はずんだ。

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