sept

 少女は、父親から本を受けとった。


 受けとったというより、押し付けられた。少女の父親は、まるで邪教の禁書に触れたかのような態度で、紫色のハンカチで、手を念入りにいた。そして、暗い廊下を、暗い影をひきずって、消えていった。


 たしかに、佛田は本を返す約束を――そのままの意味で守った。


 しかし、それに過ぎなかった。




 少女は、本のタイトルを指でなぞった。


 〈あなた〉――ここに入るひとを、ずっと、探し続けていたのだと思う。そして、ようやく見つけたのに、まだ、その肩を抱きしめることができていない。ふれると、その存在はとけてしまって、向こうへ消えて、そこまで追いついても、またどこかへ、消えていく。


 ベッドに横たわり、本を高くかかげた。ライトの光に重なり、まるで、月食のようになった。



 ページを開いた。



 すると、白色のメモ用紙が、桜の花びらのように、ゆらゆらと揺れながら、少女の胸へ、逢着ほうちゃくした。

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