six

 佛田ふつだは、本屋街にいた。


 こちらに留学して間もないころは、やたらと辺りを散策したものだ。昔ながらの古書店から、大型書店にいたるまで、びっしりとのきを連ねた、この本屋街も、そのときに見つけたところだ。



 《自分のおかれている場所さえわかればいい。進む道を間違えても、また、帰っていちから始めることのできる場所さえあれば、なにも恐れることはない》



 そうした考え方を、佛田はいつしか身につけていた。




 空はどんよりとしていた。


 にぶい色をした厚い雲がいくにもかさなり、陽光は地上に及ばない。重たい風が吹く。どこかしら、鋼鉄のにおいのする風だ。


 あの点描画のように咲いたひなげしの花々は、顔をうつむかせていた。こんな天気の日は、眼をそらすしかない。そんな姿だ。噴水も寂しい音をたてている。


 あのおどろおどろしい雲は、その腹の中で無数の電光をためこんでいるようだ。しかし、その向こうでは、太陽が照っているのだ。人々をおじけづかせるような天気だからといって、太陽が宇宙から消えることなんて、ありえない。


 気分は悪くない。自分の気分までどんよりとしてしまえば、〈この自然〉に溶け込んだ存在になってしまう。自然にさからって、絶えず不自然であることが、勇気を奮い立たせるすべなのだと、佛田は思っていた。


 少女に会うことはできなかった。本を返すだけなら自分が預かっておくと、少女の父親は言った。佛田は、それに刃向はむかうことはしなかった。本が少女に渡れば、それでいいのだ。


 あの父親に読まれなければいい。しかし、どうせ彼はあの本をめくろうとしないだろう。あの本のタイトルは、佛田より、気取っている。


《あなたにしかめくることができない本》


 佛田は、すでに、少女にとっての〈あなた〉だ。もうその場所は、空席ではない。

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