cinq

 まるで創作の中にしかないような部屋だった。


 紅色の絨毯じゅうたんが一面にかれており、ベッドの天蓋てんがいからは、きめの細かい乳色の幕が垂れている。しかし、窓からはやりの柵しか見えず、佛田ふつだは、なにかに囚われているような気分がした。


 そして、六列の本棚には、びっしりと小説や詩集が並んでいる。押してみると、本棚は回転して、べつの本棚が現れた。ここで一生、本を読んで過ごせと言わんばかりに。


「適当な嘘をついて来るとは言っていたけれど、あまりにも、あなたらしかったわ。嘘の内容じゃなくて、嘘を押し通そうとするところが。それに、気取った台詞せりふばっかり使って」


 小説と詩集のタイトルを見ると、ほとんどが古典のようなもので、新しいものが見当たらなかった。


「本当に本を借りに来たの?」

「ついでにね。ついでだから、なんでもいい。だから、きみが本を選んでくれないかな?」


「わたしが?」

「そう。きみに選んでほしい。ぼくは羊だから、食べてしまうかもしれないけれど」


「根に持ってるのね」


 少女は、笑った。


「それならこちらに……」


 少女が貸したのは、本棚にあるものではなく、自分のベッドのそばにある大きな白色の洋ダンスにあるものだった。綺麗な装丁の、それでも古風な本だった。


「絶対に返しにきてくださいね」


 佛田は少女が持ってきた紅茶を飲みながら思った。


(ぼくは、あまりにも大きな障壁を越えなければならないのだろう)




 佛田は夕方になる前に帰ろうと思ったが、少女は袖をつかんで、そうはさせなかった。佛田はそんな少女の手をひっぱて、抱きよせた。……




 見送りにきた少女に別れを告げると、佛田の目の奥に、彼女の父親の像が浮かんできた――いや、たしかに玄関から、彼は、ふたりを見ていた。

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