quatre

 少女の家は、まぎれもない豪邸だった。


 鋭利なやりさくが整然と家をめぐっている。庭には白色の石で彫塑ちょうそされた噴水があり、あたりには赤と紫のひなげしの花が、点描画のように咲いている。


 佛田ふつだは、少女に会いにきた。しかしこの家の守衛は、なかなか取り合ってくれなかった。


「帰れ」

「あなたには、ぼくを帰らせる権限があるのですか?」


「ご主人様が帰れと言っている」

「証拠は?」


「証拠?」

「そう。ご主人様というのが、帰れと言っている証拠を示さないうちは、権限の所在が確かにはならないはずですけれど。なぜなら、ぼくはご主人様という存在の有無さえ疑おうと思えば――」


「いいから、去れ」

「去れというのは、あなたがだれかから与えられた権限なのでしょうか」


 佛田は、ねばり続けた。存在の無根拠を言い張れば、相手は存在を証明せざるをえなくなるという、一点の戦略のみで。


 こうした問答をしているうちに、おのずから、その〈存在〉が門扉もんぴを開いた。


 夏なのに黒いコートを着た、恰幅かっぷくのいい、意地の悪そうな、性根しょうねに難のありそうな男だった。おそらく少女の父親なのであろう。


 彼の後ろには、憂鬱を表情にあらわした少女が、恐れに身体をしばられて、うつむいていた。しかしなぜ、少女まで出てきたのだろうか。佛田には、よくわからなかった。だがそれは、少女の、その父親に対する抵抗のひとつの現れに違いなかった。


「私の娘に何用かな?」

「本を借りる約束をしたので、約束を守ってもらいにきました」


「買えばいいじゃないか。借りたら返さなくてはならない。あらゆるものは、所有するに限る。何度も味わうのだろう」

「味わう? ぼくが羊に見えますか?」


「味わうというのは比喩だが、お前は頭が悪いのか」

「あなたの文学的才能には敬服するばかりです。どうぞ、ぼくの頭が少しでもよくなるように、文学というものをご教示ください」


「あいにく、わたしは忙しいのでね。社会に出れば、嫌でも頭がよくなるものだ。大学なんて辞めてしまえばいい。学問なんてやっていても、そんな皮肉しか身につかんよ」

「皮肉はいいものですよ。常識を疑うのに最適ですから」


 少女は、小さな声を出して笑った。こうした、らちの明かない問答が好きなのかもしれない。


 鳩が日差しを斜めに受けて、洋館のてっぺんにある悪魔と天使が交じりあっている彫刻に止まった。


 少女の父親は、大きな息を吐きだした。そして背中を向けて行ってしまった。


 去りぎわに、少女の耳元でなにかを囁いてから。

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