deux

「大丈夫?」


 佛田ふつだはいつの間にか、彼女の目の前にいた。彼女の視線は、砂場から目の前の日本人の青年に移った。


「僕はたぶん、きみは雨が降るまで帰らないと思うのだけれど、どうだろう」


 少女はこの青年の問いかけに対して、その意味を捕まえることができず、ただ次の言葉を待つしかなかった。


「残念ながら今日は雨が降らないみたいだ」

「…………」

「帰りたくないの?」


 なぜ、初対面のこの青年は、自分に話しかけているのか。少女は、ぼう然とするしかなかった。


「とにかくここは出た方がいいよ」


 佛田は、視線を少女の後ろのほうへ向けた。少女もまた、おそるおそる振り返って、佛田の視線の先を追った。


 そこには、ヤンチャそうな男たちがいた。ふたりは、はっきりと親指を下に向けて、なにかを叫んで去っていった。


「きみ、ここら辺のひとではないね」


 少女は状況を理解した。そして、肌寒いものを感じた。


「ありがとう。あなたのおかげで助かっ――」


 そこで少女は、ハッとした。この青年が、あのふたりの男とは違う善人ぜんにんであると、なぜ言い切れるのか。少女は、あからさまに身を固く引きしめた。そのとき、少女が読んでいた本が落ちて、ほのかに砂ぼこりがたった。


 佛田はその本を拾った。そして、表紙を返して、少女に差し出した。


「この本を読む女の子は、ああした奴らに狙われやすいよ。そこに書かれている詩はすべて、綺麗な言葉で書かれているけれど、ようは、人生なんて憂鬱なものだと言っているのだから」


 少女は本の表紙に目をやった。


「……彼らからは、この本がなにかなんて、分かりはしないと思うけど」

「すべては、きみの顔が物語っている」

「……私は憂鬱そうな顔をしていたの?」


 佛田は、首をふった。


「違うよ。文字と文字の間を読んでいるような顔だよ」

「……どういうこと?」


「ようは見えない文字を探しているということさ」

「……なんでそんな回りくどい言い方をするの?」


「直感だからだよ。直感をマジメに説明しようとすると、全部ウソに変換されてしまうから」


 なぜこの青年の「直感」が、何重にもかさなる厚い雲をすり抜けて、自分のいる沼底にまで届いてくるのか。少女は、驚きでとまどってしまった。


 しかし少女は、これだけは分かった。


 過去にこの青年も、自分と似たような経験に悩まされたのだろう。そうでなければ、彼もまた、こんな本を読むはずはないのだ。

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