四
気づけばもうアパートのすぐ近くまで来てしまっている……こんな暗くて狭くて臭い側溝の中を一々覗き込んできた努力も、どうやら徒労に終わりそうだ。
……ふぅ……暑い……なんか冷たいものでも飲みたいな……。
必死で探し物をしたため、だいぶ身体が熱くなってしまった……吹き出す汗にそんな感情を抱く僕だったが、その時ふと、昨夜の自分の行動をフラッシュバックのようにして瞬時に思い出した。
そうだ! 昨日もふらつく足取りでなんとかアパートにたどり着いた僕は、アルコールで火照った体を冷やそうと冷蔵庫の中へ首を突っ込んだんだ。もしかしたら、あの時……。
そういう前提で考えてみれば、冷蔵庫だって当然、中はひんやりしているし、扉を閉めている時は真っ暗になる。ブーン…という低い機械音も、冷却するための装置がそんな音を立てているような気がする。
それに、この臭い……これは、側溝の中などで臭っているそれよりも、冷蔵庫の中の臭いと言われた方が近いような気がする……いや、最早これは冷蔵庫の臭いそのものと言ってもいいんじゃないだろうか?
つまり、灯台下暗しだったというわけだ……落としたと思っていた大切な
今度こそ、確信に似たものを感じた僕は、早足に急いでアパートの部屋へと戻った。
ほどなくしてアパートへたどり着くと、慌てているためにうまく差さらない鍵をなんとか差し込み、開錠したドアも開けっ放しに急いで部屋の中へと転がり込む。
そして、靴も脱ぎ散らかし、真っ直ぐに台所へと向かうと、その隅に置かれた、独り暮らし用の小ぶりな冷蔵庫の前でしゃがみ込んだ。
……ふぅー……あってくれよう……。
確信めいたものはあったが、あたかも〝シュレーディンガーの猫〟の如く、この扉を開けて確認するまでは、本当にそこにあるかどうかはまだ確率の内でしかない……。
僕は覚悟を決めるかの如く一呼吸置くと、おそるおそる、冷蔵庫の大きな扉をゆっくりと引いて開いた。
瞬間、先程までの真っ暗に感じてものがパッ! と眩い光に包まれたかのような感覚へと変わる……その明るさに目が慣れ、徐々に周囲の景色が見えてくると、そこには、
フードを目深に被り、ネックウォーマーにサングラスとマスクをかけた、まったく顔の見えないその恰好……改めて見ると、我ながらほんと不審者である。
「あった! ハァ……よかったあ~……」
今度は心の声でもメモ帳に書いた文字でもなく、ちゃんと自分の口で思わず声をあげると、安堵の溜息を深々と吐く。
ほんとにもし見つからなかったらどうなることだったか……これからは、記憶を失うくらいまで飲まないよう気をつけなくては……ほんと、酒は飲んでも飲まれるなである。
まあ、そのおかげというかなんというか、身体は二日酔いでも頭だけは冷えてスッキリしているのであるが……。
「よっこらせっと……」
僕は酒癖の悪さに強く自戒の念を抱きつつ、フードを脱いでネックウォーマーやサングラス、マスクなどを
「あ! 前と後反対だった!」
(落とし物を探して 了)
落とし物を探して 平中なごん @HiranakaNagon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます