三
「――いやあ、
だが、交番でも対応してくれたお巡りさんは、からかっているのか、あるいはきっと冗談でも言っているんだろうくらいの軽いノリで、僕の話を真剣には聞いていない様子だぅた。
ま、慌てているために考えもなしに来てしまったが、先程の駅員同様、彼が示したその反応ももっともである。突然、そんな落とし物がなかったかと訊かれたら、警察でなくてもそう思ってしまうことだろう。
「……ところで、その落とし物とあなたとはどういったご関係で?」
いや、警察だからこそ、さらに悪いことには不意に真面目な空気を醸し出すと、僕が何か犯罪に関与しているのではないかとあからさまに疑念を向けてくる。
「い、いえ、届いていないのなら別にけっこうです。それじゃあ、失礼しまーす……」
これ以上長居をすると面倒なことになりそうなので、僕はそう感情をこめてメモ帳に書いて見せると、駅前交番も早々に後にした。
とりあえず、警察にも届け出がないとなると、電車や駅、それに道端で落としたのでもないということになるのだろうか?
では、どこで落とした? 電車で家の最寄駅まで乗って、そこから千鳥足で歩いてアパートまで帰ったとすれば、その間にどこかへ落っことして来てしまったのだろうか?
そういえば、最寄駅からの帰り道には側溝や暗渠になっているところも多い……酔っ払いのご他聞に漏れず、足を踏み外してハマった衝撃で、
鉄板やコンクリの蓋がかぶせられた側溝の中ならば、この感じている暗闇と冷たさも理解ができる。ブーン…という低い音は、近くを車が通りすぎる音なのか、あるいは側溝を通り抜ける風の音なのか……。
そこに思い至った僕は駅へと取って返し、先程来たばかりだというのに最寄駅へ帰るための電車へと乗り込んだ。
駅に着いたら、いつも通る道をいつものように歩きながら、ただし、注意を足下ばかりに向けてアパートを目指す。
側溝に落ちているのでは? と考える僕であるが、探しながら歩く内に、もしかしたら近所の子供に拾われておもちゃにされているのではないか? とか、野良猫やネズミ、はたまたカラスなんかに持ち去られたのではないかという最悪の事態も思い浮かべてしまう。
まあ、損壊されたような感覚は受けないので、さすがにそれはないと信じたいのだが……。
ともかくも、そうして道沿いの側溝を隈なく探しながら歩く僕であったが、フードを目深にかぶってサングラスやらマスクをしているし、傍から見ればいかにも怪しい不審者として目に映ったことであろう。
だが、その努力も虚しく、いくら懸命に探してもそれに似たものさえ見つけることはできなかった。
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