第4話
お隣さんは、下を向いた。
「……困ります。」
「……ですよね?」
「もう六時十五分。毎日、夜の九時に投稿したいです!」
「それが“KEN”ですものね。……あ。」
俺は……思い出してしまった。昨日、すっげぇ気になる所で小説終わってたんだ!続きが気になる!……やっぱり俺も“KEN”のファンかよっ!俺が携帯をお隣さんに返さないと、小説の続きが読めないって事?!
「パソコンとかから……。」
「パソコン持ってません。ずっと携帯だけで。」
……マジかよー!とやーか、youtuberだってやっと最新のiPhone一個で仕事出来る世の中なんだぞ?!本当にアナログかよっ!
「とりあえず!小説だけ書かせてください」
「わ……わかりました!」
俺達は近所のファミレスへ行った。
ーーーーーー
ファミレスへ着くと直ぐにお隣さんは、ポテトとドリンクバーを頼んだ。そして、「お行儀が悪くてすみません。」、と呟くとポテトを箸を使ってたまに摘んでは、ドリンクバーから持ってきたメロンソーダを飲んで、ファミレスのコンセントに充電器を携帯に挿しながら、黙々と小説を携帯で書きはじめた。
俺もオムライスとドリンクバーを頼んで、食べてから携帯でゲームをしながらお隣さんが小説を更新するのを待っていた。
……すげぇ。これが正体不明の世界的文豪“KEN”の奇跡の更新の瞬間。IN ご近所のファミレス。だって、俺を含めて世界中の誰もが“KEN”の作品の更新を待ち望んでるんだぜ?本当にそれこそ、まさかお隣さんがその本人で……こんなに地味で普通の女の人って。俄に信じられない。
しかし、時刻は八時五十七分。お隣さんが「ふぅ。」と、ため息をついて、ポテトをひとつ頬張り、メロンソーダを飲んで、また携帯を覗き込む。そして九時になった瞬間だった。俺の携帯が震えた。そして、ファミレス内でも『ティコンッ』と、いう音や、携帯のバイブ音や、携帯を次々と取り出す人々が。
そう。つまりは皆が“KEN”の夜九時の投稿を見られる様に通知機能を活用している、という事だ。ここまで皆の毎日の日常の娯楽やルーティンの一部になっている……という事だろう。俺も含めて、皆が小説を読み出す。ファミレス内には、有線と店員さんのメニューを運ぶ足音が響き渡る。
……すっげぇ。今日の小説も、やっぱり面白い。言葉がスッと頭に入ってきて勝手に世界観が脳内で再生されていく。それでもどこか刺さるような、でも押しつけてくる感じもない。だから自分の感情と、小説の世界観と、登場人物への感情移入もしやすくて。
本当に、改めて凄い文才とゆーか。これが、世界的文豪。
俺が小説を読み終わる頃、あちらこちらで他の客も読み終えた人から顔を携帯から離して、ご飯の続きを始める人や、小説の感想を語りだす人、きっと感想コメントに書き込みをしているであろう人。各自に少しずつ、いつもの時間が戻っていった。
お隣さんといえば、ポテトをしあわせそうにケチャップとマヨネーズを付けて頬張っていた。絶対にそのポテト……冷めてて不味いと思う。
「すいませんでした。」
「はい?」
「その……本当に小説面白かったし、本当に面白いっす。マジ、完敗っす。」
「ふふふ。まず、戦ってもいないですよ。」
「ポテト……冷めて不味くないんすか?」
「確かに、ポテトは届きたての出来たて揚げたてのホクホクの方が美味しいです。でも冷めてたポテトにはケチャップとマヨネーズがあれば美味しく感じます。私、小説書きたいからずっと家事してなくて。いつもファミレスとかハンバーガー屋さんの外食なんです小説書きながら何か摘んで。でも物語を書き終えるとすっごいお腹すくんですよね。」
そう話してると、店員さんがオムライスを持ってきた。
「ふふふ。オムライス美味しそうに見えたから。真似して頼んじゃってました。」
「怒らないですか?俺の事。」
「なんでですか?携帯返さないって意地悪したからですか?」
「ま……まぁ。」
「だって、今私は携帯をこうして持ってますから。」
「あ。」
「ふふふ。それに……最初は、ちゃんと届ける為に朝駅まで走ってくれたじゃないですか。だから、むしろ“ありがとうございます”です。」
また、ふにゃっとお隣さんが笑った。また俺の胸はドキッと高鳴った。もっと“KEN”の事、お隣さんの事、知りたい。
「俺も……。俺の名前も実は、“けん”って言うんです!“賢者”の“賢”で“けん”。」
「賢さん。」
「その!誰にも言いません。だから俺と友達になってくれませんか?」
「お友達?」
「はい。駄目っすか?」
「いえ。私、本当につまらないし……地味だから友達とか本当に少なくて。」
そんな感じします。
「男の子とか……男の人もその、苦手で。」
所謂“陰キャラ”感。全然裏切ってないので大丈夫です!
「それでも、よければ。」
ーーーーーー
その後、俺達は歩いて帰った。やっぱり女の子はよく喋るのかもしれない。でもお隣さんは他の女の子とは違った。
ほとんど……とゆーか全部自分の妄想の話だった。
例えば「トイレの便座のフタがしてあると、便座の中に生首が入っていたらどうしよう。」とか、「皆の鞄や携帯についているストラップやぬいぐるみ達が『いずれボロボロになって捨てられてしまう。いつまで貴方の側にいられますか?』って思っていると思うんです。」とか、「電車とか街中でブランド物を持っている人を見ると、奮発して買ったのかな。鞄と同じ位、疲れてくたびれてるけれども、買った時はときめいていたのかな?」とか、そんなばっかり。
この思考こそが世界的文豪……なのか?
やっぱり信じられない。
俺が連絡先を一応交換しようとしたら、「お隣ですから。」と、やんわり断られた。
その変わり、お隣同士だからこそ「お互いが家にいたらご飯は一緒に食べに行ったりしてお話しよう」と、言う事になった。
お隣……だから。
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