第9話 高校生2

 帰宅したら夜の八時を過ぎていた。食べてきたので夜ご飯はいらないと言った。

 しかし夜更かしをしていたらお腹が空いてきた。さすがにグラタンだけだと足りなかったか。夜中にカップ麺は食べたくない。どうしようかと考えていたらノックが聞こえた。お母さんがおにぎりとみそ汁を持ってきてくれた。

 小さめのおにぎり二個ときのこの味噌汁だった。体に染みわたる、ホッとする味がした。喫茶店の店員さんを思い出した。ごはんが出てくるありがたさ、物凄く理解した。

 そして灯りのついている家、セットで妹の笑い声がある。私がお喋りじゃないので妹の笑顔で家の中が明るくなっている。

 しかし今日は静かだったな。そういえば最近ずっと静かだ。なんでだろう。

 最近のことを思い出してみた。私が怒鳴ってしまったからだ、あの日から妹は笑わない。私に気を遣っておとなしいのか。反省した。小学生が気を遣うなんて、今まで気づかなかったなんて。


 私はすぐに妹の部屋へ行った。起きているだろうか。

 妹はゲームをやって起きていた。私はすぐに謝った。妹は嬉しそうに笑顔を見せた。そして一緒にグミを食べようと言われた。グミはあんまり好きじゃないけれども妹と一緒に食べたグミは美味しかった。こんなにありがたい幸せが私に、ずっとあったんだ。



 夏休みは半分以上過ぎた。

 お盆にお墓参りをして親戚の家に行き、妹の勉強を見た。セールにも行き、夏休みはあと一週間で終わり。早いなぁ。

 始業式に向けて朝に起きる習慣をつけていた。朝の情報番組を見るのが日課になっていた。流行りものや【まだ間に合う夏休みスポット】など、元気だなぁと思う。

 今朝もなんとなくテレビを見ていたら泉からメールが来た。終業式のあの日に喧嘩をしたきりだ……。怖くてすぐに読めなかった。

 

 夕方涼しくなった頃、やっと泉からのメールを読んだ。目を見張った。メールが来た時にすぐに読めば良かったと後悔をした。とりあえず整理しよう。

 泉は夏休み中、美保みほと遊んでいた。美保は派手な子で他校の悪そうな子たちとつるんでいる。

 そして泉は私と喧嘩の原因になったSNSで会おうと言ってきた人とも、夏休み中頻繁に会っていた。岩松いわまつという男らしい。

 昨日も岩松と街中を歩いていたら美保に会った。この時に岩松と美保が知り合いだと発覚した。


「泉ってノリ良いじゃん、私の知り合いで彼女欲しい奴いるんだよね、会ってあげてよ」

 美保にそう言われて、泉が嫌だと言ったら美保が怒り出した。


「会えよ! お前の写真をSNSにアップしてあることないこと書かれたくないだろ?」

 美保ならやりかねない。悪い友達もいっぱいいる、何をされるか解らない。

 泉は怖くて岩松を頼ろうとしたが、岩松は完全に美保派だった。断り切れずに美保の知り合いと会う約束をさせられてしまった。事情が事情なだけに親には言えないと書いてある。打ち明けられるのが私だけだったとも。

 美保と待ち合わせの約束を強引にさせられたのが今日の夜七時だと書いてある。

 もう六時だ。終業式の日、私がもっと強く止めていたら……ひどく後悔をした。ううん、違う。過ぎたことを悔やむんじゃない、解決する方法を考えるんだ。

 そうだ、あのメモ。喫茶店で貰ったメモ、私の性格を言い当てたあの店員さんはきっと信じられる。

【もっと大人を頼っていいんだよ】

 白いカードに大きく書かれていた。大人……そうだ、自分だけの力で出来ることは限られている。私はすぐに親に相談した。

 お母さんは厳しい人だ、特に男尊女卑を嫌っている。

 昔から「女の子なんだから……」とは絶対に言わなかった。むしろそう言われないように厳しくしていたんだと思う。テレビや他の親子でその台詞が出た時には嫌悪の表情をしていた。

 

 お母さんに事情を話したら「大変!」と言い誰かに連絡していた。

 私は緊急連絡網で先生に電話をした。先生は自分が待ち合わせ場所に行くから私は家にいろと言われた。

 すぐに泉にメールをした。先生が待ち合わせ場所に行くからと。今六時半、先生は間に合うかな……。お母さんは外出すると言った。私と妹に、絶対家にいるようにと言った。


「お母さんどうしたのかな」

 不穏な空気を感じ取ったのか、妹が心細そうに言った。一歩違えば私や妹が怖い目に遭うことだってあるんだ。他人事とは思えないけれども今は妹を安心させたいと思った。

「ちょっと用事が出来たみたいだよ、先にご飯食べようね」

 私は不安を押し殺して言った。明るい話題のテレビ番組を探した。ニュース速報の音楽が鳴り、どきっとした。政治関連のニュースだった。



 夜、泉からメールが来た。こんな内容だった。

 先生よりも先に警察が来た。先生が一一〇番をしていた。

 お母さんは町内の子ども見守り隊に連絡をして人を集めていた。警察と見守り隊と先生が待ち合わせ場所に来た。美保は岩松のことを知らないと言っていたが、岩松が事情聴取で連れて行かれた。未成年つれ回しなんとかで。

 そんな美保も泉を脅す発言をしていたので事情聴取された。もちろん泉も。こんな感じで報告だけが書かれていた。


 次の日、泉がうちに来た。お母さんに昨夜のお礼を何度も言って箱菓子までくれた。

 昨日の話をした。思い出して泉は泣いていた。泉は母親に怒られたけれども、バレて良かったと言っている。泉は何度もありがとうと言った。無事で良かった。私も泉も本当にそう思った。私たちは仲直りをした。


「私、何か起こってからじゃないと警察とか連絡しちゃ駄目だと思ってた」

 泉がぽつりと言った。私もそう思っていた。けれど起こってからじゃ駄目だよね、遅いよね。悪は許せないって思うのに通報はためらうなんて矛盾しているよね。私が持っていると思っていた正義感って何だったんだろう。

「泉、信用出来る大人に助けを求めても良いんだよ」

 私はカードに書いてあった言葉を泉にも教えた。私たちは知っていることが少ない。だから私たちより多く物事を知っている大人に頼ったっていいんだ。


「ところで……泉に言いたいことがあるんだけれど」

 私は失恋の愚痴ぐちを言う準備をしていた。これは泉にしか話せないやつだった。

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