第8話 高校生

 高校二年の川口かわぐち天音あまねは不安になった。友人が危険な目に遭うと思った。

 友人はインスタに可愛いファッションコーディネイトや美味しそうなスイーツの写真を載せている。毎回いいねをくれる人がやがてメッセを送ってきたそうだ。好きな音楽も一緒で盛り上がり『今度会おうよ』と言ってきたようだ。


    〇


 友達と喧嘩をした。いずみがSNSで知り合った人と会うと言うので止めた。泉も私も一歩も引かず、お互いヒートアップしていった。泉が先にキレた。


「いつもいつも自分だけが正しいって顔してうんざりする」

 私だけが正しい? そんな事は思っていない。私は慎重で真面目に生きているだけだ。間違った事はしていないと思うけれども自分だけが正しいだなんて思っていない。


「何もしないうちからあれ駄目これ駄目、危ないって何様なの? なんで天音に全部が解るの? 私の愉しみにあんたは関係ない。自分だけ引きこもってろよ!」

 泉は今、間違いの中にいる。私を攻撃する事で自分を保っている。そうじゃなきゃ私がこんなことを言われるはずがない。この場合、なんて言うのが正解なんだろう。

「今、どう言ったら私を落ち着かせられるかって考えているでしょ? そういうのがいらつくんだよ」


 私はショックだった。私は心を広く持って正義感が強くて、悟りを開こうとしている慈悲深い人間だと思っていたのに。それが男好きで軽薄な泉に考えを読まれていただなんて……。動揺した。とても恥ずかしかったけれども恥ずかしいことを悟られてはいけない。

「泉……少し、落ち着こう」

「もう話しても無駄だよ……」

 泉は一人で歩いて行ってしまった。


 私は一人で家まで帰った。いつもは泉と分かれ道まで一緒に帰っていた。

 何がいけなかったのか考えた。そういえば小学校の時も中学校の時も友達を怒らせたことがある。

 泉とは幼なじみでお互いのことをよく知っている。その泉まで怒らせてしまった。

 どうして私はこんな風になってしまったのだろう。いつからだったのだろう。小さい頃を思い出してみた。


 両親は厳しかった。長女だからと厳しくしつけられた。保育園でも小学校でもみんな愉しそうに家族の話をするのが不思議だった。どうして私だけ怯えていたんだろう。

 小さい頃から早く正確に清く正しくと育てられた。自分たちは失敗をしても誰に怒られるわけでもなく私にだけ厳しい両親。六つ下の妹には生まれた時から甘くていつも気を遣っている。

 歯ぎしりが始まった。手足も震えてきた。憎しみと怒りの感情が沸点に達した。憎い、両親が憎い。妹が妬ましい。

 自分の子ども時代と両親を思い出すといつもこうなる。両親にうるさく言われるのが嫌で、両親が言う通りの行動をしてきた。私の意見はどこにもない。

 早足になる。バカップルが前を歩いている。いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ苛々する。


 こんな時に癒してくれる浜田はまだくんがいたらなぁ、憎しみの中で一瞬そう思う。同じクラスの浜田くん。話しかけたらいつも愉しい時間をくれる。私の目を見て話してくれる。救いを探す私はまだ大丈夫だと思った。


 叶った、浜田くんがいた。バカップルの男が浜田くんだった。

 他校の制服を着た軽薄そうな女と腕を組んでいる。あんな下品で軽薄な女を選ぶなんて……。きっと体が目当てなのだろう。そう思い込んで早足をさらに早める。

 バカップルを追い越す時、気になってそちらを見てしまった。女の目が潤んできらきらしていた。そして甘えた声で言う。

「花火大会の日、浴衣着てくから~」

 夏休みの話をしていた。バカップルを追い越したら涙が出てきた。女は私を知らないし浜田くんも私に気づかない。私は蚊帳かやそとだ。明日から夏休みだ。


 家に着いたら妹が寄ってきた。宿題が解らないので教えてほしいと言う。

「うるさい!」

 教える気なんてない。私は早く一人になりたくて怒鳴った。妹は何も言わずに去った。あんたに構っている余裕なんてないんだよ。最低最悪の夏休み前夜だ。



 何もせずに夏休みが三日過ぎた。泉に言われた言葉が尾を引いている。

「何もしないうちから、かぁ」

 じゃあ何かやろう、暇だし。あの時はただショックだったけれども、数日経ったら落ち着いてきた。それにこんなに気になっているということは変えたほうが良いということだ。きっとそうだ。

 喫茶店に入ってみようと思った。大人の店に入ってとことん浮いてやろうと思った。


 飲み屋街の近くにある喫茶店にした。小路に入った時は少しどきどきした。時刻は夕方、人通りはなかった。

 看板に【喫茶】と書いてあった。いかにも喫茶店だと思った。チョコレート色の扉についてある金色の取っ手を押すまで少し時間がかかった。ここまで来たんだ。思い切って扉を開けた。

 入ってみるとそんなに緊張しなかった。マスターらしき人は一瞬こっちを見ただけだし、可愛い店員さんが笑顔で迎えてくれた。

 グラタンを食べた。家では滅多に洋食が出ないので時々とっても食べたくなる。ホワイトソースの中はずっと熱々なので味わって食べた。途中、中からパスタが出てきて驚いた。最後まで熱々だったので口の中がまだ熱い。アイスティーで冷やしながら飲んだ。

 アイスティーはまだ残っているので店の中を見渡してみた。薄暗い照明で落ち着いた店内だった。平日のせいか客は私だけだった。カウンターに占いという文字を見つけた。


「占いか……」

 心の中で思ったつもりが声に出ていたみたい。可愛い店員さんが「興味ある?」と声をかけてきた。

占いは良いことだけを信じている。あと自分にどういう占い結果が出るのかを聞くのは面白い。

 小学生の頃は漫画雑誌で、今はファッション雑誌で占いを見ている。そういえばOL向けのファッション雑誌にも星占いが載ってある。恐らく今後ずっと占いを見る機会はあるんだろうな。でも占いに頼るなんて……けれども今の私は「何かを」したかった。

「興味あります」


 可愛い店員さんが笑顔で私の向かいに座った。私の生年月日を聞いて、それをタブレットに入力していた。円に星座マークがついている図が出てきた。店員さんはうんうんと言いながら円を指でなぞっていた。

「真面目で正義感が強い。あとは……慎重過ぎる性格かな?」

 どきっとした。当たっている。

「どうして真面目なんだろうね?」

 予想外の質問だった。

「それは……そうであるべきだから。清く正しい人間として」

 自分の答えに驚いた。あんなに嫌気がさしていた子ども時代の教育が、あるべき姿だと思っている。


「成績も良いみたいだね」

「親が厳しくて……」

 親が厳しくて? またしても自分の答えに驚いた。親が厳しくても実際に努力したのは自分ではないか。でも自分は成績が良いですなんて言うものでもないし。それに親に小言を言われるのが面倒だから勉強を頑張ったのも事実だ。なんだか解らなくなってきた。


「ご家族はお元気? 毎日ご飯を作ってくれる?」

 それはもちろん。学校から帰ってスマホを見てテレビを見ていたらご飯の時間になる。

「ご飯が毎日同じ時間に出てくるってありがたいことだよね。私はそのことに一人暮らしをしてから気づいたたの。それに灯りのついている家に帰るってとっても安心するよね。それも実家から離れてみて解ったの」


 店員さんが何かを思い出すようにして言った。

「でも親は親、友達は友達、自分は自分だよ」

 どきっとした。親も友達も私も、全員別の人間だ。一人一人別の人間だ。

 解り切っていることだ、なのにどうして憎いと思うんだろう。なんだか解りかけた気がした、そう思っていたら小さい封筒を渡された。

「魔法の言葉が書いてあるカードをあげる。ピンチの時に読んでみてね」

 

 喫茶店を出たら薄暗くなっていた。飲み屋街に向かって歩いている人も何人かいた。仕事帰りの会社員がたくさん歩いていた。


 

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