第6話 会社員2


 ある日の仕事帰り、先日のお礼に勝浦さんをスイーツに誘った。

 わざと明日も仕事、という日にした。由衣に疑われる要素は一片も持ちたくない。しかし勝浦さんに助けられたのも事実なのでどうしてもお礼がしたかった。若い女子といったらスイーツだと思っていた。


 最近出来たパフェ屋があるというのでそこに行った。その店は大通りから小路に入り、さらに幾つか曲がった場所にあった。若い子はどうやって新しい店の情報を知るのだろうか。そう思いながら勝浦さんのあとをついていった。

 しかし私服がよく似合っている。髪型、ファッション、勝浦さんのキャラ、全てにおいて統一されている。流行を取り入れつつも【自分流】になっている。

 由衣がアパレル業なのでファッション誌をたまに読むことがあるし、この服は男性から見てどうかと由衣に聞かれることもある。俺から聞いた意見を仕事に活用しているようだ。


「どうしました? 私を見てます?」

 チョコレートのアイスを口に入れて勝浦さんが聞いてきた。

「あ、いや……勝浦さん、読者モデルとかやってそうだなって思って」

 俺は思ったことをそのまま言った。無意識のうちに勝浦さんに見惚みとれていたのか俺は。勝手に感じた気まずさを感づかれないようにパフェに載ったフルーツをフォークで刺した。

「まさか、やってないですよー。それより富岡さんてバンドやってるんですよね? 私ライブに行ってみたいです」

 予想外の発言に一瞬止まってしまった。観客が増えるとメンバーも喜ぶし、勝浦さんのお陰で本当に助かったしまぁいいか。この時は軽い気持ちだった。



 ライブ当日、勝浦さんに挨拶をした。ライブハウスに来るのは初めてだと言っていた。どういう服を着ればいいか解らないので無難にワンピースにしたと言っている。

 原色の幾何学きかがく模様のワンピースは勝浦さんに似合っていた。仕事の時よりメイクに気合いが入っていた。薄暗い照明の中でも彼女は映えるだろうと思った。

 勝浦さんは一人で来た。つまりこのライブハウスの中で知り合いは俺だけだった。

 さすがに長い時間一人にしておくのは気が引けた。メンバーも勝浦さんに挨拶をしてくれたが、そう長くはとどまらない。俺はこの日、極力勝浦さんの話し相手をした。ライブハウスはこんなに気を遣う場所だっただろうか。

 この日はいつものライブより疲れた。気疲れだ。


 社会人共通の黒い月曜日が来た。いつもならライブをしたあとの出勤は軽やかなのだがこの日は違った。先日は思い切り愉しめなかった自分がいる。なんだかもやもやしていたら勝浦さんが出勤してきた。

「富岡さん、土曜日はありがとうございました! とっても愉しかったです」

 いつもの笑顔で言われた。爽やかで明るい勝浦さんの笑顔がなんだか妙に疲れた。それに声が大きい。まるで周りに聞こえるように言っているようだ。

 ライブハウスに初めて行ったので高揚しているのだろうか? 夜だし、初めての人にはなおさら特別な空間に感じるのだろうか。そう思い込んでおいたが、すぐに砕かれた。

 勝浦さんにお昼を一緒に食べないかと誘われた。休憩時間にどうでもいいようなことで呼び出しの電話を鳴らされたり書類作成の手伝いを申し出たり……。つきまとわれている感じがする。

 勝浦さんはこんな人だったか? いや俺は彼女の事を詳しくは知らない。ただ笑顔が爽やかだというイメージ以外、知らない。


 次の休日、自分のバンドは出ないがライブハウスに遊びに行った。お気に入りのハードコアのイベントだ。出演の緊張感はないし話したい時に話したい人に声をかける。やっぱり気楽な方が良い。ライブハウスは愉しむ場所だと再確認した。

 心地良さに浸っていたら気になる人を発見した。ライブハウスで見かけるのは珍しいと同時に会ったことのある人、姫川ひめかわさんだ。

 姫川さんはライバル会社の事務員で、取引先主催の忘年会で顔を合わせたことがある。由衣と同じ年だが童顔で可愛かったので印象に残っている。姫川さんもこちらに気づいたようだ。


「これは……驚きました」

 お互いに言った。

「姫川さん、ハードコア好きなんですか?」

「はい、時々見に来ます」

 意外だった。外見だけで判断すると流行のファンタジー系バンドが好きそうだと思っていた。これがギャップ萌えというやつだろうか。

 忘年会の時はスーツだったから私服も効果を上げている。ラフだけれどお洒落だというのが解るファッションだった。綺麗にきのこの形をした髪型も似合っている。高そうな靴を履いていた。あの会社は給料が高いのだろうか、そんなことをこっそり思った。お互い似たような音楽が好きだと解った。

 ライブハウスをよく知っている女は心地良い。無理せずに空間を共有して愉しめる。今一緒にいて心地良いのは姫川さんだという本音が浮かんだ。プライベートな話もしてみた。音楽の趣味が一緒だと話したいことがどんどん出てくる。


 姫川さんと盛り上がっていると「ちょっとごめん」と友人が声をかけてきた。

 由衣が来ているらしい。本当か、やばいと思った。

 いや、何がやばいのだ? 姫川さんとは話をしていただけだ。しかし彼氏が他の女と愉し気に話しているのを見るのは良い気分がしないだろうな。

 俺は由衣の気持ちを想像し、由衣の気持ちを優先した。もっと姫川さんと話したかったが切り上げて由衣のところへ行った。

 先ほど伝えてくれた友人の情報によると、由衣は友達のバンドを見に来たらしい。そういえば由衣と仲の良い子が出てたな。

 由衣の元に着くと、由衣は友達やそのバンドメンバーと話をしている。俺に気づき、目で挨拶をしただけで終わった。俺はわざわざ姫川さんとの愉しいお喋りを切り上げて来たのに。そう思ったが笑顔を保った。


 

 六月になった。会社から出向令が出た。

 いきなりだった。断る術はない。勤務地は関東、出向年数は三年以上だろう。

 由衣は? バンドは? 仕事内容は変わるのだろうか? 順調だった日常がそうでなくなるのは本当にいきなりだ。


 一人になりたい。仕事帰り、あの喫茶店へ寄ってみた。

 チョコレート色の扉が今の自分の気持ちとリンクしている。前回はふらりと立ち寄ったので気づかなかったが、看板に【喫茶】と書いてあるだけだった。店名はないのだろうか。出向令で食欲がなくなり昼はあまり食べられなかった。せめて夕飯は食べようと思い牛肉入りピラフを注文した。

 ジンジャーピラフの名前通り生姜しょうがが効いて美味しかった。わかめスープの素朴な味になんだか安心する。満腹になり少し落ち着いた。

 ハーブティーは精神を落ち着かせる作用があると由衣が言っていたのでハーブティーを注文した。もう少しでオーダーストップの時間らしくクッキーをサービスでくれた。嬉しかった。

 ハーブティーとクッキーで一服していると、カウンターに掲げられた文字が目に入った。

「悩み相談……?」

 自分ではもうどうしたらいいか解らない状態だった。ならばいっそ赤の他人に相談するのも一つの手ではないかと思った。俺はすぐに声をかけた。


 クッキーをくれた女の子が来た。こんなに若い子が人生相談? しかし俺はもうそれどころではない。俺は今悩んでいることを全て話した。女の子は「うーん」と言い、ハイテンションで幾つか言葉を発したあとお守りをくれると言った。

「魔法の言葉カードです。もうどうしようもなくなった時に見てください」

 女の子は笑顔でカードを渡した。魔法? ファンタジーな言葉に驚いた。

 今でもどうしようもないと思っているんだけれど、この子にしたら他人事か。しかしこの女の子、姫川さんに少し似ている気がする。髪型のせいだろうか。薄暗い店内でも黒髪がつやつやしているのが解る。現実感が少しなくなった気がした。カードを名刺入れに入れ、お礼を言って会計をして店を出た。

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