第4話 デパガ3

 ひとみに会うのは久しぶりだった。ひとみは「久しぶりだね」と言って以前と変わらない笑顔だったので安心した。

 お店は私が指定した。午前中に行った喫茶店の近くに最近オープンしたイタリアンのお店。あの喫茶店の近くだと、なんだか勇気づけられる気がした。

 アラカルトを数品注文してウーロン茶で乾杯をした。お互い他愛たわいない近況報告をした。仕事がどうだとか芸能人の話題がどうだとか。


 デザートタイムに高山さんの話を切り出した。

「あの、とっても聞きにくいことなんだけれど……高山さんとホテルに泊まったって本当なの?」

 私はひとみの反応をうかがいながら恐る恐る聞いた。

「え? どういうこと?」

 ひとみは驚いていた。ひとみは素直な性格で、こんな風に真正面から聞かれたことに嘘をつけるタイプではない。私は浅川から聞いたことを全て話した。ひとみはじっと聞いていた。


「もしかして近くに奈緒と仲良しの男の人がいない? 浅川さんてそういうのを邪魔するのが好きだって聞いたよ」

 ひとみは浅川と一緒に行ったあの合コンで仲良くなった新浜にいはまさんという男性と時々連絡をとっていると言っていた。そういえばひとみと盛り上がっていた人がいたな、あの人か。すっかり忘れていた。

 私の近くの仲良しの男、相馬だろうか。私と相馬は単に同い年ってだけなんだけれど、浅川にはそう見えないのかな。だからといって悪質な嘘をつく理由が解らない。


「浅川さんってちょっと危険人物らしいよ。他人のあら探しが好きで人間関係を引っ掻き回すのが趣味みたいだよ。あと横田よこたさん……あの合コンで知り合った浅川さんの彼氏ね。横田さんとも別れたらしいよ」

 衝撃だった。浅川がそんなことをするなんて知らなかった。

 けれども言われてみると心当たりがないでもない。浅川は他人の噂話が多い。どこまでが本当か解らない盛った話もよくしてくる。もしかして嘘もついていたのだろうか。


「ひとみ、疑ってごめん。ひとみのことを少しでも疑っていたから確認するのが怖かったんだと思う」

 私は正直に謝った。

「ううん。私も本当は奈緒のことが羨ましくてねたんでいたこともある。だから奈緒以外と行った合コンの写真をわざわざインスタにアップしたの。私愉しんでますアピール。でも奈緒以外と合コンに行っても愉しくないんだよね」

 私たちは仲直りをした。嬉しくなってデザートを追加注文した。それから会っていない間の話をたくさんした。



 次の日、私は少し早めに出社した。浅川と話をするために。相馬に頼んで他のスタッフの時間調整をしてもらった。相馬に会議室も抑えてもらった、邪魔が入らないように。


「浅川、どうして嘘をついたの?」

 私は前置きをせずに聞いた。浅川は多分とぼけるだろうと思った。

「自分が輝くために決まっているじゃないですか」

 浅川は今まで見せたことのない顔で言った。片方の眉毛だけが上がっている。口も片方だけ上がって半笑いといった表情だろうか。とても嫌な顔をしていた。これが嘘つきの顔か。


「奈緒さん、大体二十七にもなって合コン三昧で恥ずかしくないんですか。男受け狙った髪型と服で【自分】はないんですか?」

 正体を表した。よくまぁ人が嫌がる言葉を発するもんだなぁ。自分では弁が立つと思っているんだろうな。このタイプには何を言っても口を返される。しかし反論しないのも負けな気がする……どうしよう。


「それにひとみさんのことも疑っていたから遊ばなくなったんですよね。本当の友達で信じていたならこんなことにはならなかったんじゃないですか」

 それについては自覚はあるしひとみにも打ち明けて謝った。私とひとみの友情は浅川には関係ないし、大体お前の嘘から始まったのではないかと少し腹が立つ。

 しかしこれは挑発だ、こうやって誰かに相手をしてもらいたい【かまってちゃん】だ。ここはこらえてどうしようか考えてみる。思い出せ、喫茶店の力。

 そうだ、魔法の言葉。私は名刺入れを開いた。あの女の子からもらった魔法の言葉カード。よく見ると下のほうに小さい文字で何か書いてある。


【お姉さんが幸せになるのが仕返しだよ】


 うわ、良いこと言うなぁ。あの女の子、本当に年下? 人生相談やっているくらいだから経験豊富なのかな。私は一気にテンションが上がった。

「私、愉しいから合コンに行っているの。ひとみと行くから愉しいの。浅川には関係ない。でもひとみと行くから愉しいってのは浅川のお陰で気づけた。感謝するのはそこだけ。悪意の嘘をついて他人を引っ掻き回すなんて最低。浅川とは今後、仕事だけで接する。それ以外は私に構わないでほしい。浅川は浅川に構ってくれる同じレベルの人とつきあえばいい。あともしかして相馬が好きなの? 私と相馬はただ同い年ってだけの関係だし相馬は恋人がいるんだから邪魔しちゃ駄目だよ」

 私は一気に言いたいことを言った。浅川は目を見開いたまま言い返してこなかった。

「じゃあ私は仕事の時間だからさようなら」

 浅川の反応を見ず、私は会議室を出て行った。


 休み時間、相馬が来た。相馬には喫茶店から時間調整までお世話になりっぱなしだった。お礼を言わなきゃ。

「すまない、会議室での話、聞いてしまった」

 私がお礼を言う前に相馬が謝ってきた。うそーん、聞いていたのか。

「浅川は劣等感の塊だ。美容部員だがどこか女性的なものを蔑視べっししているというか認めていない。だから接客業務からは外していた」

 そうだったのか。あんなに綺麗な浅川がどうして接客チームじゃないのか疑問だった。

「もう三月だし異動の時期になる。浅川、外そうか?」

「うーん、そこまでしなくてもいいよ。相馬の目で接客が向いてないと思ったならそうなんだろうし、接客チームに来ない限りはそんなに接触しないから。それより確認したいことがあるんだけれど……」


 公休日明け、私はボブカットにしていた。髪の毛を耳にかける仕草が発生しないよう、星型のヘアピンでめた。

 相馬に確認したところ、就業規則に髪型の規則はないと言っていた。なんとなくボブが禁止の空気なだけだった。お客様にも好評で、ボブカットのお客様が増えた気がする。

 そういえば朝から浅川に会っていない。同僚に聞いたら異動したらしい。こんなに急に? ありえない。

 誰かが見たらしいが浅川が相馬に言い寄ったところ「自分の言動を振り返ってみろ」と言われたとかなんとか。そうして浅川は自分から異動を希望したらしい。みんなどこからそんな話を聞いてくるのだろうか。あとで相馬に確かめなくちゃ。


 新規のお客様がいらした。多分四十歳前後だと思われる。ウィッグみたいに揃ったおかっぱ頭で上品な方だった。なんて潔い。

「いくつになってもこの髪型が好きなんですよ。でもメイクは同じってわけにいかなくて。どんなメイクが合いますかね?」

 私は今までつちかった知識とそのお客様のイメージで考えた。お客様は私の髪型を見て親近感を抱きご来店してくれたと言っている。嬉しい。


 今まで周りの目ばっかり気にしてたなー。何歳だから結婚を考えなくちゃいけないとか誰かと一緒にいなくちゃ寂しい人に見られるとか。

 そういうの、なくてもいいって気づいた。あーすっきり。この髪型に似合うワンピースを買いに行こう、ひとみを誘って。

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