第2話 デパガ

 合コン仲間に狙っていた男を寝取られた。この事実をどうするか、白石しらいし奈緒なおは悩んでいた。気づかないふりをするかいなか。


 二十歳の時、クラス会でクラスメイトの近況報告を聞いた。大学生活を満喫している者、出世に向けて奮起ふんきしている者、入社したてでフレッシュに頑張る者。みんな希望に溢れていた。

 奈緒は短大を卒業してデパートに就職をした。大手だからという理由だった。美容部に配属され、化粧品のメーカーを覚えるところから始まった。

「みんなすごいな、自分も頑張ろう」

 奈緒はそう思った。クラス会で再会した三条さんじょうひとみと気が合い、二人で合コンに通うようになった。ひとみは歯科受付の仕事をしている。ほぼ毎週、合コンに行った。たのしくて愉しくて気づいたら二七歳になっていた。


 先月、クラス会があった。結婚出産した者、モデルをやっている者、自費で学校に通う者がいた。刺激を受けた奈緒は自分を見つめ直す機会だと思った。

「髪の毛綺麗に巻いてるね」

 奈緒が褒められたのは、それだけだった。



    〇



 仕事は好き。綺麗にするのも仕事のうちだしお客様に向ける笑顔の練習をするのも好き。クレームを解決した時やお勧めの化粧品が売れた時にやりがいを感じる。大手だからという理由で受けた会社だけれども今はそれだけじゃない。

 入社してから七年、ずっと美容部を担当してきた。

 よほどひどいクレームではない限り自力で対応出来るし後輩の指導も出来る。仕入れる化粧品を決める権限もある。取引先の名刺をもらい合コンすることは伝統のようなものだった。

 七年間、恋人はいたりいなかったり。大半は休日のズレが原因で別れることがほとんどで……上手くいかない。


「どうなの? 最近」

 同い年で上司の相馬そうまが聞いてきた。

 相馬は大卒で入社したエリート。私より勤続年数は短いけれども売り場責任者の肩書きがありスーツで見回りをしている。頭が良くてジャニーズ顔だが身長が低いことを気にしている。

 相馬が入社したての頃、研修の名目で美容部に来た。

 同い年な事がわかり私たちは盛り上がった。出世組の相馬は全部署を研修で回るのでしばらくしたら離れたけれども、今もお喋り仲間として交流している。相馬は聞き上手なので話していて心地良い。ちょっとしたオアシスみたいなものか。


「もう、全然彼氏できないよ」

 質問の内容が限定されているわけではない時、私は恋愛を基準に答える。

「そうなんだ」

 相馬は何を考えているのかよく解らない表情で話を聞いてくれる。私もお構いなしに言いたいことを話す。ちょうどいい関係性だと思っている。


 最近は本気で出会い目的で合コンに行っている。けれどいいなと思った相手とはワンナイトで終わったり軽く流されたり、最悪既婚者だったりする。

 女子力を上げようとインスタにお洒落しゃれな料理をアップするも……アップする以外の料理は似たような煮物や炒め物ばっかり作っている。というかそれしか作れない。

 一緒に合コンに行っているひとみはお惣菜を作るのが上手で毎日自分が食べたいものを作っている。そんなひとみとも最近ズレを感じてきた。


 先月のクラス会以降、自分を見つめ直したら全てが億劫おっくうになってきた。まずこのロングヘアの手入れが面倒くさい。お風呂上りに乾かすのも時間がかかるし毎朝のブローも結構な手間だ。それに髪の毛が揺れた時のために良い香りのする高いシャンプーを使っている。

 美容部内における美の争いも疲れてきた。スキンケアも化粧品も最新の商品を使わなくてはいけない。実際に自分が使ってみて初めてお客様にお勧めが出来る。アイシャドウの新色が出たら組み合わせも含めて何度も試してみる。


 そういえば若い子に合コン誘われなくなったな。そう思ったら周りの目が気になってきた。年齢的にも毎週合コンしている場合じゃないのかな。そう思われているのだろうか。

 姉が子連れで実家に遊びに来るとここぞとばかりにご近所さんが「奈緒ちゃんはお相手は?」などと聞いてくる。それしか言うことがないのか。姉は大してメイクをせずともにこにこしていてみんなの人気者だ。私はこんなに美容に時間とお金と手間をかけているのに、結婚どころか恋人すら出来ない。


 実家も職場も同級生も落ち着ける場所がない。あーあ、どうしてこうなっちゃったんだろう。とりあえず美容と健康の為にりんごを食べる。今年のりんごは甘くて美味しい。甘すぎて虫歯にならないか心配だ。こんなに美味しい果物が生産量一位だなんてありがたい。地元に感謝をして気持ちを紛らわす。そんな日々だった。

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