ちょっと青森まで
青山えむ
第1話 序章
三年前、不思議な体験をした。
―三年前―
あら? ここはどこ? 見渡した感じ喫茶店のようだ。薄暗いカウンターの奥にはコーヒーカップが並んでいる。コーヒー豆も並んでいる。反対側に目をやるとテーブル席も幾つかある。重厚な感じの椅子に低いテーブル。壁際の棚には雑誌が置かれている。
昨夜ベッドに入ったことは覚えている。久しぶりに実家に帰っていた。夜中に目が覚めてまたすぐに眠ったことも覚えている。
それがなんで喫茶店? それに私、いつ着替えたの? ルームウェアで寝ていたのに水玉のワンピースを着ている。先日買ったばかりのワンピース。
「ここは迷える人が来る店だよ」
突然声がしたので驚いた。いつからいたんだろう、カウンターに初老の男性が立っている。いかにも喫茶店のマスターって感じの落ち着いた人。
「私が迷子って事?」
「ある意味そうだね。君は悩んでいるのでは? だからここに来たんだよ。おっと自己紹介をしなくてはね。私はこの店のマスターで有田という者だ」
やっぱりマスターだった。悩んでいるからここに来た? 確かに私はずっと悩んでいた。だけど悩みなんて誰でも抱えているものじゃないのかな。でも私が選ばれた、なぜかは解らないけれども。
「私は
「片瀬くん、君は今ワープをしてここに来た」
ワープ? 冗談でしか使ったことのない単語。けれども現状を見ると確かにワープで違和感はない。
「今西暦何年?」
とりあえず情報が欲しい。
「二〇二〇年一月だよ。現在時刻は午後六時」
ちょっと戻っただけか……。私が昨夜ベッドに入った時は二〇二〇年六月だったから。
しかし何故数ヶ月前に戻ったんだろう。数ヶ月戻っただけでも常識の
「どうやったら元の世界に戻れるの?」
私は一番大事な質問をした。
「ワープをしてきた人はこの店で働いてもらう。そして来客の手助けをしてもらう」
「それ以外に戻る方法はないの?」
「そうだね」
「そっかーじゃあやるしかないね」
この不思議な状況の中、私の常識が通じる気がしなかったので私は考えるのをやめた。
「ちなみに助手がいる」
店の奥から男の子が出てきた。高校生くらいかな? 顔は正面を向いているけれども私と目を合わせようとはしない。長い前髪がそれを手伝っている気もする。仕方なく出てきたといった感じだ。
「彼は
「藤沢くん、よろしく。片瀬葉月です。大学二年です」
私は笑顔で挨拶をした。藤沢くんは一向に目を合わせようとはしないけれども軽く会釈をした。藤沢くんは色白でやせ型の体型をしていた。身長は私より少し高い程度だ。
「彼は昨日ワープでここへ来たばかりだ。ワープして誰かが来たのは十年振りだし連続で来るのも珍しい」
そうなんだ。私からしたらワープの時点で珍しいけれど。マスターですら珍しいだなんて、何だか貴重な場面にいるのかな。
「藤沢くん、一日先輩になるんだね」
藤沢くんは反応しない。今度は下を向いている。
「ねえお腹空かない? 私晩ごはん作るよ、実は結構料理得意なんだよね。マスター、台所使ってもいい? あと食材も」
マスターは無言でうなづいた。そして「適応力があるね」と言って新品のエプロンを私にくれた。
鶏肉があったのでカラアゲにした。高校生なら食べ盛りだろうと思って多めに作った。
三人ともカウンターに横並びになってカラアゲを食べた。レジ側がマスター、真ん中が藤沢くん、その隣が私。
マスターがナイスタイミングでご飯を炊いていたので炊き立てのご飯も食べられた。お米がつやつやと輝いている。お味噌汁の具は白菜とえのきにした。マスターが漬けたたくあんも美味しい。
小皿に自分のカラアゲをよそい、おかわり用のカラアゲは大皿に盛っておいた。藤沢くんの前に置いた。予想通り藤沢くんはカラアゲをおかわりした、何だか嬉しかった。私もマスターもおかわりをして、カラアゲは全てなくなった。
「片瀬くんはどうして料理が得意なんだい?」
食後のお茶を飲んでいるとマスターが聞いてきた。
「母が料理上手で、小さい頃から自然に私も料理をしてきて」
今までに何度も答えた内容。考える前に言葉が出てくるほどに。
「一個なら食べられるかな?」
マスターはそう言いながら私と藤沢くんの前に小皿を出してきた。
普段見る稲荷ずしより白くて光っている。手で持ったら滑りそうだったので私は箸で稲荷ずしを食べた。甘かった。稲荷ずしが甘い? 驚いて稲荷ずしの中を見るとご飯がピンク色をしていた。
「なんでピンクなの?」
私は二重に驚いた。甘くてピンクの稲荷ずしなんて初めてだった。それに、美味しい。もう一つ食べられそうだ。
「青森県の稲荷ずしだよ」
マスターが言った。
「青森? ここ青森県なの?」
私はとても驚いた。時間だけワープして神奈川のどこかにいると思っていた。というかワープ自体、場所の移動って意味じゃなかったっけ……? そうか、時間も場所も飛んだのか。
「片瀬さん、青森の人じゃないの?」
藤沢くんが初めて声を出した。驚いた表情をしている。
「うん、神奈川県に住んでるよ」
へえ、そうなんだという顔をしている藤沢くんに聞いた。
「甘くてピンクのおいなりさんが普通なの? 特別なお供えとかじゃなくて?」
「うん、子どもの時からこのおいなりさんだよ」
「いいなあ、とっても美味しい」
藤沢くんはちょっと嬉しそうだった。なんだ、可愛いところあるじゃないの。けれども疑問が出た。藤沢くん、青森の子だったらすぐに帰れるんじゃないのかな? でも時間も飛んでいるから駄目なのか。今帰ったら過去の自分と鉢合わせするかもしれないし。そっか、私も藤沢くんも何らかの理由でここに来たんだろうな。
「明日は店を休みにする。二人に仕事を覚えてもらうよ」
マスターが優しい顔で言った。
「一日で仕事を覚えるの? それは厳しいかも」
喫茶店の仕事なんてやったことがない。私はすぐに不安を口にした。
「そんなにお客は来ないよ」
「お客は人間?」
「人間だよ。店の扉から来るのがお客で、ワープで来たら働いてもらう。そういうシステムだよ」
そんなルールがあったんだ。料理を作るのはマスター、私は注文をとったり料理を運んだりする仕事、藤沢くんはおしぼりの準備や皿洗いの担当になった。
接客は私に任せると言われた。いきなり接客かと思ったがもう一つ気になっていることがある。来客の手助けをすると元に戻れると言われたことだ。一番重要なこと。
「マスター、お客の手助けってどうやるの?」
マスターはカウンターに
それには縦書きで【占い・人生相談応じます】と書いてある。
「この紙に反応した人に、その
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