08話.[できる気がした]

「んあ……寝ちゃってた」


 リビングは暖房が効いているから快適すぎる。


「すぴー、すぴー」


 この子は人の家のリビングでガチ寝しすぎだ。


「起きたか」

「あ、ごめん、寝ちゃって」

「気にしなくていい」


 ちなみにいまここにいるのは丹羽君と湯浅さんだけ。

 お姉さんはお友達に誘われていて、酒井さんは本当かどうかは分からないけど彼氏さんと約束をしていて、阿部さんは眠たいから寝るということだった。

 本当なら僕もそうしたい、が、湯浅さんと約束をしてしまったからそれはできず。


「衿花って可愛いよな」

「え、それって狙っているってこと?」

「違う、俺が好きなのは姉ちゃんだ」

「じゃあなんでいきなり?」


 少なくとも寝顔を見ながら言うことではないだろう。

 というかこの子、男の家でこんなに無防備でいいのだろうか。

 丹羽君がいるから安心して寝られるということだろうか。


「それよりどうなんだよ?」

「今日は綺麗だと思ったよ、いつもは可愛いけど」

「へえ」


 気持ち良さそうに寝てくれているから相手が急に起きて顔を真っ赤にするなんて展開にもならなくて落ち着く、大体僕から言われても嬉しくないだろうし意味もない想像なんだけど。


「だってよ」

「……さっき言ってくれたから」


 って、起きてるのかい……。


「おはよ」

「うん、おはよう」


 結局他に彼しかいないのであればふたりきりで行ってくればいいのではという疑問がある。

 ただ、そんなことを口にしたら確実に腕を確保されるので黙っておくことにした。


「いま何時?」

「まだ3時半だな」


 そう、眠くなって当然なのだ。

 それでも彼は全く眠くなさそうにここに存在しているだけ。


「眠いならまだ寝ておけばいい、俺らが起こしてやるから」

「ううん、起きてる」

「そうか」


 おかしいな、ここって彼の家だったか?

 あと、どうして僕には全くそういうことを聞いてくれないんだろう。

 やはり可愛くない同性だからだろうか、そういう差別は良くないと思うけど。


「丹羽君って僕のことが嫌いだよね」

「は? 嫌いならこうして一緒にいないだろ」

「それは湯浅さんがこうして来ちゃったからでしょ? 僕だけだったら絶対に来てないよ」


 ま、言ってもなんににもならないんだから気持ちは分かる。

 僕だって僕みたいな人間には近づかない、そういうのは自分が1番分かっているから。


「んなこと言ってるけどさ、衿花が誘ってきたから受け入れたんだろ?」

「だってこの子、諦めようとしないから」


 逃げる気もないのに全てそういうつもりで行動するから困るんだ。

 寒いからと言い訳をしても言うことを聞いてくれない、◯◯ならいいでしょ? と少しでもマシな候補を挙げて相手を引き止めていく機械みたいなもの。


「自己評価が低いのがむかつく」

「そう言われてもね……」

「みんなに悪く言われ続けていたからって自分が自分を下げなくていいでしょ?」

「確かにな、別に一緒にいる俺らがそう言っているわけじゃないんだからさ」


 いや、僕流の保険をかけているみたいなものなんだ。

 なにかが起きても、だから◯◯って言ったでしょって後に言えるためにしているだけ。

 そりゃ僕だって卑下したくはないし、みんなと仲良く遊びたいに決まっているだろう。


「黒田を誘っても全部『僕が行ったら◯◯だから』って断られ続けたからな」

「私も」

「だから今回付いてきたのは意外だったぞ」

「私は悔しいよ、イブに皓平君の家まで連れて行くことができたのに中に入る前に逃げられちゃってさ」


 こんなことを言っているけど別にクリスマスに誘ってきたわけじゃないからね。

 結局のところはそれぐらいの意思だったということだ、これも言わないけど。


「だからもう離さない、一緒にいて逃げられそうなときは腕を掴んでおくことにしたんだ」

「手じゃ駄目なのか?」

「……そ、それは恥ずかしい」


 腕を掴んでいるのも十分恥ずかしいと思うけど。

 それに彼女は気軽に異性に触れすぎだ、あんなのじゃ騙される人間が後を絶たないぞ。


「ま、黒田の手なんかあんまり触れない方がいいぞ、あっという間に惚れちまうからな」

「亮に限ってそれは……」

「いや、丹羽君の言う通りだよ、さっきとかめちゃくちゃドキッとしたから」


 あれは僕も悪かった。

 ほら手が冷たいって言ったらそりゃ触れないと確認しようがない。

 つまりあれでは触れてもらいたくて、それと彼女の手に触れたくて言ってしまったようなものだ、僕個人はそういうつもりは全くなかったけど彼女や他の人からすればそうなるわけで。


「気をつけてね、あっという間に好きになっちゃうよ」


 席から始まる青春物語があるかもしれないとかって期待した。

 そんなことにはならなかったり、なったりして、もう結構揺れかけている。

 そこにあの連作先交換だ、仮に関わる人全員としているのだとしても関係ない。

 家族以外で初めての異性の連絡先だったから、1度は短慮を起こして消してしまったけどいまは彼女によって無理やり再登録し直されているから大丈夫、今度は消したりはしない。


「……だから叶子の誕生日プレゼントを選ぶときに動いてくれたの?」

「え、それは君が誘ってきたからだけど」

「誘ったのにイブは逃げたよね、もしかして叶子が好きなの?」

「阿部さんのことは全然知らないし、それに嫌われているから」


 協力できることとできないことがあるというだけ。

 別に相手が異性だからとかそういうのは関係ない。


「もういいだろ、これからは断らせなければいい」

「そうだねっ」


 ふたりの関係はなんなんだ、優しくしてくれているようでそうじゃないことが多いぞ。

 片方を止めるということを基本しない、なにかを言ったらそうだと同意する感じ。

 多分、僕以外にはこんなことをしていないと思う、それはつまり僕にならどんな無茶難題を押し付けても問題がないと考えているんだ。


「ちょっとふたりとも」

「あ、悪い、姉ちゃんから電話だ」


 少しの間黙る。

 すると、彼の雰囲気がどんどん少しだけ悪い方に強くなり始めた。

 終わった後もどうしたの? とは中々聞けず。


「悪い、ちょっと行ってくる」

「どうしたの?」

「姉ちゃんの友達のひとりが男に絡まれているそうだ、姉ちゃんに飛び火することは確実だから行ってやらないと心配で仕方がなくてな」


 それなら確かに彼が行った方がいいから玄関先まで見送ることにした。


「悪い、ふたりで見に行ってくれ」

「え、戻ってくればいいじゃん」

「はは、流石にそこまで空気の読めない人間じゃねえよ、じゃあな」


 おいおい、なんか勘違いしてくれているぞ彼は。

 ここにいても寒いままだからしっかり鍵を閉めてリビングに戻ったけど。


「眠たいの?」

「うん……この時間はいつも夢の中だから」

「暖房が効いているけど冷えるだろうから小さい毛布を持ってくるよ」

「待って、大丈夫だから」


 そうかあ? もういますぐにでも瞼と瞼がくっつきそうな感じがしているのに。

 それこそふたりきりになってしまったから信用できなくて寝られないということならなにも言わないけどさ、普通なら一緒に帰って送ってもらうべきところだし。


「寝ないにしても温かくした方がいい、持ってくるから待ってて」

「うん……」


 大晦日だけではなく新年を迎えてからも一緒にいるなんて。

 それこそすやすや状態だった、これに誘われていなければ進んで夜ふかしする性格でもないから尚更に。

 本当になにがあるのか分からないな。


「はい」

「ありがと」

「飲み物飲む?」

「コーヒーが飲みたい」

「分かった」


 僕も眠たいから飲んですっきりさせることにしよう。

 できたものを飲んでいた自分、


「あぁ……」

「あはは、そういう声が出るよね」

「うん」


 どうして冬に温かい物ってこんなに合うんだろうか。

 だからなんかお爺ちゃんみたいな反応になってしまった。

 一緒にいてくれているのが異性の仲では1番仲がいい子だからというのもある。


「そういえば、着物のままでいいの?」

「うん、着替えもないからね」

「あのとき言ったことはお世辞じゃないから、自分に正直になろうって思ったんだ」


 いままで僕から言われたくないだろうとかされたくないだろうとかで遠慮してきたけど、なにもしなくても嫌われてしまうのであれば自分のしたいように行動した方がいいって考え直した。


「丹羽君のお姉さんはいつも綺麗で着物姿だともっとすごかったけどさ、君はいつもは可愛くて今日は綺麗だったからより印象的だったみたいな感じでさ、そんな子がただ近くにいてくれるというだけで僕は嬉しいんだ」


 神社でのそれは完全に丹羽君のハーレムだったが。


「……昨日からなんか亮じゃないみたい」

「初めて席を譲った日はもしかしたらこれがきっかけで仲良くなれるかもしれないって考えたんだよ、で、結果的にそうなれているというわけだよね? だから嬉しいよ」


 そういうつもりでいたわけじゃないと言われてもそれで良かった。

 ただ自分が考えていることを相手に伝えられたというだけで幸せだった。


「と、とりあえず……もうやめよう」

「分かった」


 コーヒーを全て飲んでシンクに持っていく。

 そこでガンッと思いきり額をぶつけておいた、それにしたって限度があるだろうよと。


「お、大きな音が聞こえたけど大丈夫?」

「うん、ぶつけちゃってね」


 危ない、自らの手で壊すところだったぞ。

 この距離感のままが1番安心できていいのだ。


「ねえ、亮はそういうことに興味があるの?」

「恋に? そりゃ僕は男だし、これまで仲のいい異性がひとりもいなかったからね」


 少し羨ましかったけど、寂しくはなかった。

 大切な両親と兄がいてくれる、話しかけてくれる、ご飯とかだって食べさせてくれる。

 隠していてもどうしたって察して聞いてくれた、だからこそ潰れずにいられた。


「……私とか、どう?」

「え、いま自分がどれぐらい大胆なことを言っているのか分かってるの?」

「亮はさ、誰かのために行動できる優しさがあるからいいと思ったんだよね」

「そんなこと言ったら丹羽君達だってそうだよ」


 なんだかんだ言ってもいてくれたしなあ。

 情報を流すなんてそんなこともしないで大丈夫かって心配もしてくれたし。


「それに目が好きなんだ、あれだけ自由に言われてても優しい目をしているから」

「そうなんだ、自分じゃ分からないけど」


 いや、ということは僕の理想の物語は理想ではなくなったということか。

 なにがどれぐらい響いたのかは分からない、でも確かに彼女はこう言ってくれている。


「も、もしかしてこれも嘘?」

「こういうことで嘘をついたりはしないよ」


 だろうなという答え。

 だってメリットがない、仮にそれで本気にされたらストーカーの誕生だ。


「……僕にこんなことを言ってくれる子が現れるとは思わなかった、嬉しいよ」

「じゃあ」

「君さえ良ければ、え、衿花さえ良ければ……」

「うん。よろしくね、亮」


 待って、これは夢というわけではないよな?

 嬉しすぎて非現実的に感じてくる、だから思いきりつねってみたら痛かった。


「あははっ、これは現実だよっ」

「だよね、ありがとう」

「こちらこそ」


 こうして、彼女の優しさによって僕らの関係は変わった。

 どこかふわふわして落ち着かない、こんなのは初めての体験だ。

 でも、彼女はこうして側にいてくれているだけではなく、求めてもくれていると。

 だったらこれからも求めてもらえるように頑張らなければならない。

 それがこの子や丹羽君達といられれば簡単にできる気がしたのだった。

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