07話.[それになにより]
「やったー、テスト終わったー」
横の酒井さんがそう言っているようにテストが終わった。
答案用紙も戻ってきたからなんにも問題がないことが分かっていい。
「俺、ひとつ駄目だったわ……」
「えぇ……」
丹羽君、それじゃ駄目でしょうよ。
テスト週間のときもお姉さんの話ばっかりしていたからそうなるんだ。
はっ、クリスマスに暴走しないように自ら枷を?
ありえそうだ、丹羽君なりに大好きなお姉さんのために行動しているんだろう。
「丹羽君、君は偉いよ」
「は? なんの話だ?」
「いや、偉い!」
赤点を取ってしまったことはなんにも偉くないけどっ。
少なくとも他に予定を入れるとかしてそういうのを避ければ良かったのにと思う。
「やっぱり赤点を取ったから偉くない」
「なんだよそれ……あ、黒田はクリスマスどう過ごすんだ?」
「家族と過ごすかなあ」
毎年そうしてきたから変わらない。
進んで寒い中、外に出たくはないからそれが1番。
「どっちか空いてないか? 集まろうぜ」
「メンバーは?」
「俺と姉ちゃんと湯浅と酒井かな」
「なにそのメンバー……」
彼氏と過ごさなくていいのか酒井さんよ。
それに阿部さんはいいのかい湯浅さんよ。
「そうしたら絶対にお姉さんとばっかり話してそう」
「流石にそんな空気の読めないことはしねえよ」
本当かよ……。
というかみんなが来てほしくないだろうしやっぱり僕は辞退。
「なんだよ、付き合い悪いな」
「僕が行くと楽しくなくなるから」
こんなことを言っていた自分。
「今日彼女が来るから家を出ていてくれ」
「は?」
クリスマスイブに家を追い出されて公園でひとり泣いていた。
だから相手の家で過ごせよ、中学生時代から一緒にいるなら親とも仲いいだろ。
段々と口が悪くなっていっているのは分かっているが、こんなに酷いことをする方が悪いから仕方がない。
「寒い……」
これならまだ同級生と集まった方が良かった。
母も止めてくれればいいのにと不満ばかりが溜まっていく。
それでも兄がお金をくれたからスーパーに行ってチキンでも買おう。
「「あ」」
どんな偶然か、阿部さんと遭遇して固まる。
挨拶をするような仲ですらないから軽く頭を下げてチキンが売っている場所に直行。
そんなに大きいのを買っても仕方がないからみっつ入っている物を持ってレジへ。
「寒い……」
終えたら外に出て、またあの公園に向けて歩き始める。
ある意味ひとり自分の家で過ごすよりも寂しいだろこれ。
もうさっさと結婚しろよ、もう出ていけよぉ……。
「あ、やっぱり黒田だ」
「え? えぇ……」
「ちょっ、なんでそんなに嫌そうな顔をするの!」
これならまだ阿部さんが来てくれていた方がマシだった。
「丹羽君達と集まるんじゃなかったの?」
「これから行くところなんだよ」
「へー」
余計な情報を吐かれても嫌だからあくまでチキンを買って家に帰る途中という風にして。
彼女と別れたら先程の寂しい公園に戻ればいい、いいんだ、どうせひとりのようなものだからいいんだ。
「そういえば彼氏は?」
「彼氏がいるからって必ずイブやクリスマスを一緒に過ごすわけじゃ――」
「もしかして嘘なの?」
「う、嘘なわけないじゃん」
彼女がいたらその子とどっちかだけでもいいから過ごしたいと思うけどな。
最近の子はよく分からない、どういう風に対応すればいいのか分からなくて困惑ばかりだ。
「黒田も来れば?」
「僕は忙しいからね」
「あんな公園にひとり寂しくいたのに?」
「休憩だよ、どこでやるかは分からないけど気をつけて」
馬鹿らしくなってきてもう部屋に引きこもることにした。
誰にも気づかれることなく2階へ上がって部屋に。
もちろん鍵だって閉めて誰の侵入も許さない。
「冷たい……」
あと硬い、こんなに悲しいイブを過ごしたのは初めてだ。
なんとなく湯浅さんのアカウントを表示状態に戻してみたらいっぱいメッセージが……。
「一緒に楽しみたかったって言われてもなあ」
僕が馬鹿みたいに信じて行ったら罠で新学期が始まったら噂に、なんてことになりかねない。
中学時代、そういう作戦にまんまと嵌ったので対策をしているのだ。
大体、これだって本来は意味のないこと、もう登録を解除してしまうことにする。
「亮?」
いない者いない者、僕はここにいてはならない者。
話しかけてきたのは母だからそこまで警戒する必要はないかもしれないが。
「丹羽君が来たわよ」
これ以上カオスにするのはやめてくれぇ……。
それになにより、ここで出てしまったら兄になにを言われるか。
部屋にいるかもしれないので母を部屋内に連れ込むことにした。
「お母さん、僕はいないことにしてほしい」
「気にしなくていいわよ、健一には私から言っておくから」
「丹羽君に対してもそうだよ、僕は断っているからいまさら行くなんて言えないからね」
「なんでそんな馬鹿なことをしたの?」
「そんなの僕が行ったら空気を壊すからだよ、なんにもしていなくても嫌われる人間が行ってそうならないわけがないでしょ?」
この言い方だと丹羽君単身で来ている可能性が大か。
丹羽君だけならそう難しいということもない、もう出てしまうことにしよう。
「な……」
「驚いた? 黒田のお母さんに頼んで嘘をついてもらったんだよ」
結局嵌められてるんじゃないよ馬鹿っ。
「それでなんのために来たの?」
「酒井さんからひとり寂しく公園でいたって聞いたから来たんだ」
これだったらまだ公園にいた方が良かった。
って、怖がっていたのはやっぱり演技だったのだろうか。
丹羽君がいるならわざわざ外で過ごそうとなんてしないだろうし。
「で、これはどういうこと?」
見せられたのはトークルームの画面。
すぐに気づくなんてすごすぎる、だって消したのいまなんだから。
「あー、アカウントが消えちゃって――」
「見せて」
「はい……」
番号を打ち込んですぐにスマホを取られた。
そんなこと言われても虚しくなるだけなんだから仕方がないじゃん。
「消えてないよね、それで丹羽君のだけは残してあるんだ」
「同性と交換していても虚しい気持ちにはならないでしょ?」
「私と交換して虚しかったってこと?」
「だって……君が僕に報告するためだけに交換したようなものだし」
結局、その報告すらされなかったし。
そうしたら残していても容量を無駄に消費するだけ。
誰だって同じようにすると思うけど、ストーカーの人以外は。
「え、もしかしてあんまり連絡していなくて拗ねてるってこと?」
「す、拗ねてねえよ……」
「あははっ、なにその口調っ」
ああ、イブなのに玄関先でなにをしているんだ。
兄が来ないのは母のおかげだろうか、それともいちゃいちゃしすぎて帰ってきていることも知らないだけ?
「外に出よう」
「うん」
リビングでもなければ寒さはそう変わらない。
でも、先程まで部屋にいたからか寒いような感じがした。
「やっぱりひとりだったか、危ないよ」
「抜けられたから楽しんでいる場合じゃなかった」
「もしかしてスマホを見てたの? それじゃあ駄目でしょ」
ひとり寂しくチキンを食べて過ごそうとした自分よりはマシかもしれないけど。
「うるさい、誰のせいだと思ってるの」
「それより阿部さんは?」
「叶子はイブもクリスマスも家族と毎年過ごすんだよ」
へえ、じゃあ仲間外れにしているわけではなかったんだな。
丹羽君達がいるところに行けばお姉さんにも会えるだろうけど会ったところでって感じだし。
「送るから戻りなよ」
「黒田も来てよ」
「いや……」
「来てくれなきゃ戻らない」
……家にいるよりはいいか、兄と遭遇したら面倒くさいことになりそうだから。
が、そのつもりで行動していたはずなのにいざ丹羽君の家を前にしたときに足が止まった。
「黒田?」
「やっぱりごめんっ、それじゃ!」
すぐに家に戻ることもしない、公園に戻ることもしない。
怖がりでないことは分かったから追ってくる可能性もあるが、そこは丹羽君に連絡して見てもらっておく。
「ふっ、家族と過ごすかひとりぼっちじゃない過ごし方は僕には似合わないのさ」
と、虚空に呟いて完全にやばい人間になっていた。
でも、行くことをやめたおかげで虚しい気持ちにはならなかった。
「あぁ、今年ももう終わるのかぁ」
あと2時間もすれば今年が終わり新年が始まる。
初詣に行くような若い人間ではないので布団内でゆっくりしていた。
そんなときに開いた僕の部屋の扉、その向こうには果たして……。
「よ、来たぜ」
「来たぜって……もう22時だけど?」
「いいだろ、22時だろうが来たって」
クリスマスのときは行かなかったんだから云々のことを言っていた。
誘っても無駄だと判断したから自分から来るようにしたんだろう。
「初詣に行こうぜ、衿花が着物着てくるんだってさ」
「へー」
「姉ちゃんも着てくるから行こうぜ」
「それで惚れちゃったらどうするの?」
「……告白は合格発表日まで待ってもらう」
冗談に決まっているでしょうが、見なくても綺麗だって分かるしね。
「叶子や
みんなのことを名前で呼んでハーレムの主人公かよ……。
誰だよみなって、もしかして酒井さんのことなのか?
「悪いけど寒いのが苦手でね」
「俺の方が苦手だ、黒田では勝てない」
そんなことで勝っても嬉しくないぞ。
仕方がない、外にいるのであれば金魚のフンみたいに付いていっておけばいいか。
行くことを了承し、母にその旨を伝えて外に出た。
年内最後の夜はとても寒く、動いていないと凍えそうなぐらいの寒さで。
「遅すぎて凍えるかと思ったよ」
「衿花にはできないことを俺はできたわけだ、感謝してほしいぐらいだがな」
おぉ、着物を着ていると凄く綺麗に見える。
語彙がないのが悔しいかな、どこがどう素晴らしいのかもっと伝えたかった。
「叶子は?」
「丹羽先輩と中にいるよ、着るのに時間がかかっているみたい」
「じゃあ行ってくる、寒くて本当にやばいからな」
ふたりきりになんてしてくれるなよ……。
「イブのときは逃げられたけど今日は逃さないから」
「逃げないよ、空気を悪くしないように後ろを付いていくから」
それなら最初から出ないことを選んだ。
無駄なことをするのだけは自分を裏切ることになるからしてはならない。
もう最近は矛盾ばかりだけど矛盾を抱えていない人なんていないからどうでもいい。
「それでこれどう?」
「似合ってる、綺麗だ」
自分の人生なんだから自分に正直に生きなければならない。
この際なんでもいいから異性といられるきっかけが欲しかった。
まあその後にもっとやっばい感じのお姉さんが出てきてなにも言えなくなったけど。
あまりにも驚くとこうなるのかって初めて分かった。
で、メインの方はあくまで平和だった。
丹羽君の右横にお姉さん、左横に酒井さんで、その後ろに湯浅さんと阿部さんで。
どこからどう見ても格好いい子を囲む可愛い子達の集団でみんなの視線を集めてた。
中には羨ましいと言っている人達もいる、彼女さんか分からないが女の人と一緒にいる人でもぽろっと零していたぐらいだからね。
話は変わるが耳がいいというのは一長一短だ、余計な情報まで脳に入ってくる。
例えば怖い話なんてしていた際には……うん、考えたくもないね。
ところで、大体10メートルぐらい離れて追っているけど、ストーカーなどと勘違いされなければいいけどなあ。
というかこれ、思いきり逃げられるよなって。
「なにやってるんだよ」
「来たんだ?」
「おう、ここで男友達と集合することになっているからな」
兄よ、何故こういう日に彼女さんといないのだ?
「それより友達はいいのかよ、なんでこんなに距離を作ってんだ」
「いいんだよ、僕は金魚のフンみたいに付いていくだけでね、兄こそ早く行きなよ」
「おう、多分帰りは朝になるから気にしないでくれ」
「あーい」
ま、流石にここじゃはぐれるほど広くはないから無問題。
歩いていれば足を止めている集団に追いつく。
にしても、お姉さんはやっぱり綺麗だなあ。
湯浅さんは可愛い系だから余計にそう思う。
「もう、離れすぎ」
「靴紐を結んでいたら結構離れちゃってさ」
「信じられない、だから腕を掴んでおくね」
おぅ、帰る気はなかったのに拘束されてしまった。
丹羽君も「その方がいいな、すぐ逃げるからな」などと言って納得。
酒井さんはこちらをからかうかのような笑みを浮かべて「子どもみたい」と言うだけ。
阿部さんを見たらさっと視線を逸らされ、お姉さんからはなにも言われず。
「甘酒だってよ」
「あ、飲みたいっ」
「姉ちゃんと叶子と衿花は?」
「飲みたいです」
「みんなが飲むなら……」
「私はいいかな」
当たり前のように僕は数に含まれていなかった。
手に触れることになるのは申し訳ないが掴むのをやめさせる。
「逃げないから」
「はぁ……」
ここに突っ立ったままだと邪魔になるからと端っこに移動。
中央にいられるような人間ではないのだ、ついでに言えばあの子達といたくない。
何故なら差がすごいからだ! 容姿に自信がない人間ならみんなそうすると思う。
「……皓平君に誘われたら来るんだ」
「諦めないからね、それだったら行った方がいいと思ったんだよ」
狭い空間に大勢いるようなことにもならなくていいとも説明しておく。
「それより甘酒嫌いなの?」
「ううん、大好きだよ、でも君が逃げそうだったから」
「逃げないから貰ってきなよ」
「逃げたら許さないからね」
逃げないって言っているのに信用ないな。
ま、それぐらいの仲だからと言われればそれまでだが。
「お待たせ」
「みんなといて大丈夫だよ」
「……なんで来ようとしないの?」
「変な遠慮をしているわけじゃないから大丈夫」
もしそうならこうしてここに存在していない。
暖かい部屋と布団の中でゆっくり朝まで惰眠を貪ったことだろう。
「あ、もう新年が始まるね」
「うん」
不思議な感じだ、クラスメイトの、それも異性とこうして一緒にいるなんて。
もちろんふたりきりで来たわけではないからまだ不思議さも少ないけど、うん、こんな日が来るなんて思っていなかった。
「黒……りょ、りょりょ」
「明けましておめでとう」
少しフライング気味になったが言わさせてもらった。
別に名前呼びをされそうになったからとかではなく、意外とテンションが上がっていたのかもしれない。
隣に綺麗な彼女がいてくれたからというのが大きい、単純だから仕方がないということで片付けてほしかった。
「湯浅さんはみんなと初日の出を見に行くんでしょ?」
「……うん、この後また皓平君の家で朝まで過ごしてね」
「そっか、じゃあ行くときは暖かい格好でね」
僕は当たり前のように誘われていないからこうとしか言えない。
うーん、もしかしたらではなく確実に丹羽君に嫌われているだろうなこれ。
先程誘ってきた理由は分からないが、少なくとも彼の意思ではないことは確か。
多分、彼女が代わりに行ってこいと頼んだのだろう。
「りょ……亮も行こうよ」
「そうしたいところだけど寒すぎてね、ほら、手なんか凄く冷え――」
「本当だ、今日は手袋してこなかったんだ」
なんで……? なんで当たり前のように触れられるの?
いや、確かに僕の言い方的に確認しなければ分からないことではあるけど……。
「……湯浅さんの手も冷たいよ」
「あんまり温かくないんだよね、基本的にこんな感じでさ」
「そ、それより……離してよ」
「なに? もしかして恥ずかしいの?」
「そうだよ……だって異性に触れられることなんてほとんどないから」
母に触れられたときも別の意味でドキドキするけどね。
大抵は怒られるから余計に、それ以外は凄く優しくて、逆になにかがあるのではないかと心配になる。
「ね、行こうよ」
「誘われてないからさ……」
「じゃあ私が言ってきてあげる、皓平君の家で待機しづらいなら亮の家でいいからさ」
「そうしたら寝ちゃうよ」
「だから私もいてあげる、三菜も連れてきてあげるよ」
嫌だぁ……それだけは勘弁してほしい。
それならまだ彼女とふたりきりの方がマシだ。
ただ、そういうことになればまず間違いなく丹羽君も来ると思う。
それならそれでいい、寧ろその方が良かった、いまの距離感だと勘違いしてしまうから。
「言ってきたよっ」
「というかさ、なんで僕らは別行動しているわけ?」
「それは亮のせいでしょ? すぐに逃げるから」
それなら困ることにならないよう合流しよう。
あのいつものやかましい感じで丹羽君にはいてほしかった。
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