06話.[そういうものか]
「俺、告白してみようと思うんだ」
「え、こんな大事な時期に?」
12月に突入して大学試験までの時間がどんどん減っているのに?
終わってからでもいいと思う、3月始めの頃なら試験が終わっていてまだお姉さんに負担は少ないわけなんだから。
「やっぱり言えないまま終わるのは嫌なんだ……姉ちゃんは大学に受かったら出ていくからさ」
そういうものか、だってこの近くに大学なんてないもんな。
仮にあってもお金を出せば行けるような場所しかない。
ただ適当に大学を卒業したという事実が欲しいならそれでも結構だが、大半の人はそうではないだろう。
なにか学べるところに向かう、そしてそれ系統の会社に勤めるのが理想だと。
「3月頃まで待った方がいいよ、本当にお姉さんが好きならね」
「……待てって言うのか? いままでずっと本格的に想いを伝えるのは我慢してきたのに?」
「時期が悪い、少なくとも大切な受験前に言うべきではないよ」
相手が好きであるのなら率先して相手の邪魔をするのは違う。
「目の前にクリスマスもあるんだぜ? 我慢できねえよ……」
ああいうタイプなら上手く躱してくれそうだという考えと、ああいうタイプだからこそ変に引きずってしまうような繊細なところがあるという考えがごちゃ混ぜになって忙しい。
そりゃ友達でいてくれて話しかけてきてくれる丹羽君の応援をしたいけど、やっぱり時期が悪いとしか言いようがなく。
「僕はやめた方がいいと思う、普通に話すことすら不可能になるかもしれないぐらいならね」
大体、そんなことを僕に吐くなよ。
もっと親しい友達とか、信用している異性にでも吐いておけばいい。
あ、ちなみにここは教室だ、しかもまだお昼休みのね。
あれから酒井さんが言ってくれたのもあって少し落ち着いていた。
中には脅されたとか考えている子もいたようだが、それすらも酒井さんが否定して収束。
逆に悪口を言われないというのも落ち着かないということが分かった。
「なんの話?」
「それは丹羽君から聞いてよ」
相手が湯浅さんであれば話すことだろう。
が、まず間違いなくやめておいた方がいいと言われると思う。
好きになるのは本人の自由だが、それをこのタイミングで相手に伝える自由はあるべきではないから。
「湯浅、俺は姉ちゃんが好きなんだ」
「うん、それはあのとき聞いたよ」
「で、告白したいんだ、振られることは分かっていても……なにもせずに終わるのは嫌だから」
「って、このタイミングで? やめておいた方がいいよ」
「やっぱり……そうか?」
「うん、丹羽先輩が好きならね」
やっぱりそうとしか言えないよなあ。
友達だからこそより傷つくことにならないようにしてほしい。
「分かった、せめて試験が終わるまでは我慢する」
「うん、それがいいよ」
やっぱり女の子パワーはすごいな。
3月となると1日が卒業式だから焦れったいだろうけどその方がいい。
合格発表日になって合格が分かった後であれば1番良かった、それならそこまで冷たい感じも出さないはず。
「丹羽先輩とはあんまり話したことはないけど魅力的な人だからね」
「ああ、あんなに綺麗で優しい人を見たことがねえ」
確かに優しいな、僕にも話しかけてきてくれるくらいだし。
相手が弟であろうとも関係ないとばかりに突き刺さる魅力。
あれでもっと柔らかい表情などを浮かべるようになったらそれはもう無双状態になってしまうことだろう。
「それじゃあ私は?」
「湯浅も優しいけど……姉ちゃんの方が好きだ」
「ははは、そんなのそうに決まっているじゃん」
あ、笑ってない、目が笑っていない。
丹羽君も冷静になった方がいい、側にこんなに魅力的な子がいるじゃないか。
少なくともお姉さんに告白するよりかは希望がある。
「黒田は?」
「湯浅さんは優しいよ」
「なんか他にもないの?」
「うーん、あ、暗いところが怖いのはちょっと可愛いかも」
「なんか複雑なんですけど……」
なんにもない僕に比べたらマシだ。
男としていい点なんてあるのかな、ないな、丹羽君ならともかくとしてさ。
とりあえず、彼女のおかげで平和なまま終わって良かった。
「黒田、今日こそバッティングセンターに行こうぜ」
「そうだね、約束をしていたから」
「私も行く」
「それは丹羽君に言ってくれないと」
「別にいいじゃん、僕はいいよって言ってくれればさ……」
丹羽君が許可したことによって放課後に3人で行くことが決定した。
このままふたりが仲を深めたらやっぱり、となるかもしれない。
もしそうなったら応援しよう、わざわざ口にしたりはしないけど。
残りの授業を真面目にやって放課後になったら近くのバッティングセンターに行って。
「はははっ、黒田なんだよそれっ」
「は、初めてやったから……」
ちなみに湯浅さんはかきんかきんと快調に打ち続けていた。
僕は丹羽君のせいで速い場所に限定されているのでどうしようもない。
自分の体の近くを通る速い球が本当に怖い、湯浅さんが打っている100キロでも十分怖い、なんで打てるのっ!?。
「見てろ、俺がホームランを打ってやるっ」
「おぉ、じゃあ見てるよ」
結局、空想物語だったなあとベンチに座って考えていた。
お姉さんも湯浅さんも酒井さんも、話せる人は段々できてきたけどただそれだけ。
対する丹羽君は相手が実姉でも好きになっているし、酒井さんだって振られてしまった後だけど彼氏がいたわけだし、湯浅さんだってこれだけ他人思いであれば興味を持たれているだろうしで僕とは違うところを見せてくれている。
いやまあ、あんまり悪く言われないようになっただけで十分幸せか、お祖父ちゃんありがとうと感謝しておけばいいだろう。
「黒田、この後って暇?」
「暇だけど、もう君の苦手な暗闇ばかりだけど」
ちょっと遊んだだけでもう18時半とか19時頃とかになる。
そこからとなると怖い思いをするだろう、あれがただの言い訳であるのなら関係ないかもしれないが。
「いいじゃん、黒田がいるなら大丈夫だよ」
「そっか、うん、分かったよ」
丹羽君の打っているところをきちんと見ておこう。
ただ、ホームランどころかほとんどピッチャーに直撃する形になっているけどいいのかな?
「くっそう……全然上に飛ばなかったぜ」
「お疲れ様」
「おう、あ、そろそろ姉ちゃんを迎えに行くわ、付き合ってくれてありがとな」
「こっちこそ誘ってくれてありがとう」
じゃあなにがあるというわけではないけど自然にふたりきりになるのか。
彼女はなにがしたいんだろう、彼女からは不快だと言われたことがないからついついじっと見てしまった。
「そんなに見つめてもこれはあげないよ?」
「いや、それでなにをしたいの?」
「叶子がもう少しで誕生日でさ、誕生日プレゼントを買いに行きたいって思っていたんだ」
「あ、そうなんだ、それなら早く行こうよ」
「うん」
久しぶりに商業施設にやって来た。
まだ19時頃だから閉店していた、なんてことにはならずに彼女に付いていく。
阿部さんになにが似合うのかなんて分からないし、口出しされたくはないだろうから。
「叶子は読書が好きだからしおりかなあ」
「綺麗なのがあるね、元々持っていてもこういうのを貰えたら嬉しいかも」
「うーん、ただ黒田が言うように持っている物だからね」
阿部さんか……あまり見ないようにしていたからなんにも分からないな。
読書……が好きだったのか、隣と言っても阿部さんが反対側に寄っていたからなあ。
「なにか食べ物を作って渡すとか?」
「お菓子を作るのとか無理だよ」
「去年はなにをあげたの?」
「食べたいって言ってたスイーツかな」
「誕生日まで時間があるのなら本人にそれとなく聞いてみるのがいいと思う」
が、彼女的にはこうして出てきているのと、聞いてしまうのはプライド的に許せないみたいでどうしても今日選ぶつもりでいるようだ。
阿部さんはそういう風にすると遠慮してしまうとも教えてくれた。
「電話をかけていい?」
「え、叶子に? あ、じゃあ、はい」
「うん、ありがとう」
少し静かなところに移動して出てくれるのを待つ。
こういう形は卑怯だけど、明日ちゃんと謝れば分かってくれるはずだ。
「もしもし、衿花?」
「ごめん、僕なんだ、黒田亮」
「えっ……え、衿花は?」
「いま後ろにいるよ、お腹空いたからふたりでご飯を買いに来たんだよ」
そりゃ驚くよなあ、それにこういう言い方をしておかないと監禁しているみたいに思われても嫌だからな。
「阿部さん、君のことを怖がらせてしまったからお詫びがしたいんだ、なにか欲しい物ってないかな?」
「いや……それは私が悪かったから……」
「お願い、なにか欲しい物とかってない?」
上手くやれる自信はないからとにかく真っ直ぐに。
もちろん、君が嫌なら買っていくことはしないと保険的なものをかけておくことも忘れない。
「いまは……お弁当箱が欲しいかも」
「お弁当箱か、可愛い方がいいの?」
「うん……」
「分かった、ありがとね」
なんにもしていないことを証明するためにそのまま湯浅さんに渡しておいた。
お弁当箱か、新しくなったりするとより美味しく感じたりするんだよなあ。
「これを私が買うとして、黒田はどうするの?」
「それなら可愛い箸でも買うよ」
「そっか、じゃあ売っているところに行こ」
行ったらすぐにいいのを見つけた。
チョコレートの形の箸箱、これはまた面白みがあるものだ。
こういうのは僕でもわくわくするから女の子である阿部さんも気に入ってくれるだろう。
「え、なにそれ可愛い」
「だからこれに決めたんだ、ちなみにホワイトチョコレート版もあったよ?」
「じゃあ私も買うっ」
ぐっ、だけど中々に高いなこれ……。
先程のバッティングセンターで使った額と合わせると結構なダメージが。
「お待たせっ」
「帰ろうか」
「うん」
お姉さんを迎えに行くと分かっていたから丹羽君に頼まなかったのか、お姉さん一筋で辛いからなんにもならない僕に頼んだのか、……後者である可能性は高いが目的も果たせたから気にしないでおく。
「寒いね」
「もう12月だからね」
後ほぼ4ヶ月でいまのクラスとお別れになる。
流石にばらばらになればわざわざ忙しい最終年に悪く言ってきたりはしないだろう。
それに3月になれば丹羽君も少し楽になれるわけだし? 早く経過してほしいというのが正直なところ。
「黒田が渡すんだよね?」
「ううん、結局お弁当箱を買っていない時点で約束は守れていないから湯浅さんがまとめて買ったということにしてよ。その際、お弁当箱はたまたまということにして、メインは箸箱と箸ということで」
「……また僕に物なんか買ってほしくないでしょってやつ?」
「君が買ってくれたお揃いってやつがいいんだよ、片方が僕に買われたやつだと気にしちゃうでしょ?」
「そういうの気にしなくていいと思うんだけど、それに……それならお金払うよ」
彼女に箸箱が入った紙袋を渡して歩くことだけに専念した。
これでまた嫌われるかもしれないけど、僕は既に何人、何十人と他人から嫌われているのだから気にしない。
阿部さんは直接悪口を言えるような勇気はなかったからね、それであるなら関係ないから。
「絶対に僕が買ったとか言わないでね」
「……分かった」
「よし、じゃあ後は君を送って帰るだけだ」
お姉さんと完全にふたりきりのときはどういう感じなんだろう。
そこが酷くもどかしい、お姉さんの家モードというのも見てみたいし。
ただ、家では甘くてもその要求を受け入れる可能性は低いどころかほとんどないと言っても過言ではないぐらいだろうから、もし待ちきれずに振られたら……。
「危ないよ」
「湯浅さんは家での丹羽君をどういう風に想像する?」
「丹羽君か、うーん、なんか逆に大人しそう」
お姉さんはやかましいと言おうとしていたから何事に対してもハイテンションそうだ。
一緒にいて疲れることもあるし、逆に言えばそのおかげで悩んでいることが馬鹿らしくなってすっきりすることもあるかもしれない。
一長一短、楽しいときに楽しそうにしていてくれたら嬉しいからなあ。
「というか、どうして丹羽君には君付けなの?」
「なんか黒田だけは呼び捨てでいい気がして」
「あ、そうですか……」
君付けされたらそれはもう分かりやすくハイテンションになってあげるのに何故だ……。
やっぱり顔なのか? 雰囲気なのか? 身長とか筋肉とかなのか?
僕はどれも彼に劣っているから仕方がないことなのかもしれない。
「送ってくれてありがと、これ、叶子も喜んでくれると思うから」
「そうなるといいね、それじゃ」
あれだけ可愛い物なら僕が選んだとは思うまい。
なんにも不安はなかった、僕といてくれている女の子のために協力できただけで十分だ。
「あ、待って」
「なに?」
「連絡先を交換しようよ、叶子が喜んでくれたかどうか教えるから」
「別に口頭で良くない? それに君は自分が言っていることの意味を分かっているの? 僕に知られたら悪用するかもしれないんだよ?」
「いいから、だって叶子の誕生日は明日だからさ」
いまから行って泊まるそうだ。
それと、日付が変わった瞬間に自分が1番早くおめでとうを言いたいらしい。
その後にすぐに連絡したいからということだったので、交換しておいた。
異性と連絡先を交換できたのなんて初めてだったからめちゃくちゃ嬉しかった。
「たっだいまー!」
「いま何時だと思っているの、連絡ぐらいしなさい」
「あ、ごめんなさい……」
バッティングセンターの後にしておくべきだったか。
今日も母作の美味しい夜ご飯を食べ、温かいお風呂に入って部屋へ。
「って、いまから待っても意味ないだろ……」
興味があって渡してきたわけではない。
一応、少し関与しているから報告が必要だと判断したのだろう。
勉強をして寝よう、もうすぐ期末考査だから無駄にはならないだろうから。
「通知音っ?」
が、意外にも『よろしく』というメッセージが送られてきて返事をした後にずっと画面を眺めてしまうという初な少年心を部屋に披露していたのだった。
もし録画していたら気持ち悪かったに違いない。
「ごめん、昨日眠くておめでとうって言った後に寝ちゃった」
「あーそう……」
こっちは朝まで寝られなかったのにこんなのは酷い。
初な男心を弄んだんだ彼女は、とてもじゃないが許せるわけがない、なんてね。
「それじゃあ寝るから」
「おやすみ」
報告をするためだけに交換したのは確かなようだ。
意味もないから非表示にしておこう、虚しくなるだけだし。
ま、その報告さえされていないのだから意味のないどころの話じゃないけど。
「黒田っ」
う、うるさ……なんでこっちの子は朝からこんな元気なんだ。
「……どうしたの?」
「彼氏がまた付き合おうって言ってくれたっ」
なんでそれを僕に言うの? 暗にお前にはチャンスがないと言いたいの?
「で、その彼氏って誰なの?」
「え、それは言わなくていいでしょ」
「じゃあなんでそれを僕に言うの? モテない僕に意地悪がしたいの? ま、君は僕のことを嫌っているわけなんだからなんらおかしなことではないけど」
そこまでの仲でもないだろうに。
はぁ、なんか余計に憂鬱な気分になった。
無意味なことが多すぎる、関わってくれる人と変に距離感が近いせいで自分の童貞心がどうしても期待してしまうのは難点。
それとも、最近の子は大して信用していなくてもこのようなことを話したりするのだろうか?
僕が複数人の他人とこれまで1週間以上一緒にいられなかったからついていけていないということなのかなあ。
「いや……そういうわけじゃなくて、振られたのを知っているのは黒田だけだったから」
「良かったね、これでもう教室で泣くようなこともなくて僕に犯人にされることもないし」
「……そんな言い方をしなくてもいいのに」
異性というのは簡単に社会的に殺してくれるものだ。
自分がそういう立場になったことはないからそんなことを言える。
まあでもこれで話しかけてくることもなくなるだろう。
何度も言うが、最近は悪く言われることも減ったからゆっくり勉強に向き合える。
暇なときは窓の外を見て過ごせばいい、また兄に言われて居残ることになってもひとりであれば問題はない。
そういうものだ、自分から誰かといようとしていない時点で答えが出ていた。
「今日もまた残るの?」
「仮にそうでも君には関係ないことでしょ、彼氏さんとお出かけでもすればいいよ」
今日は閉館するまで図書室で勉強をしようと思う。
期末考査が終わればクリスマス、そして大晦日。
のんびりしていたらすぐに終わってしまうから意識して行動しなければならなかった。
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