05話.[それは残念だね]
「ねえ」
また兄が彼女さん云々のことで帰ってくるなと言ってきたので、放課後に遅くまで残っていたらこうなった。
また罠に嵌められてもかなわない、だから返事をすることだけに専念することにした。
「この前のことなんだけど」
いまでもまだ物を隠されたりはしていない。
だからある意味、僕が関わってきた中で1番優しい子達なのかもしれなかった。
何度も言うが悪口であればいくらでも耐えられる、例え死ねって言われたってそうだ。
もちろん、できることなら言われない方がいいけどね。
「ごめん」
「え?」
「彼氏に……振られて泣いてたんだ」
リア充が多いな、最近の子は積極的って感じでいいのかもしれない。
って待て、ここであっさりと信じて話に乗ってしまうから駄目なのではないだろうか。
「あ、だからその……指示したわけじゃないから」
本当かよ……犯人ってみんなそういうことを言うんだよな。
で、馬鹿みたいに被害者が信じて、嘘だよばーかとなるまでがワンセット。
別にこの子と話がしたくて残っていたわけではないから勉強を続けておく。
今日もまた21時頃まで時間をつぶす必要があるから好都合だ。
というか、そんなに見せたくないなら彼女さんの家で会えばいいのにね。
「く、黒田」
「もう19時半だよ、早く帰らないと危ないよ」
みんな黒田君って呼んでくれないな……。
「もしもし?」
「いまどこにいるんだ?」
「教室だけど」
丹羽君からの電話。
僕は確かに彼が帰る前に言ったんだけど……。
「それならいまから行く」
「え、電話でいいよ、寒いの苦手なんでしょ?」
「あ、それなら姉ちゃんを送ってやってくれないか?」
静かなところじゃないと集中できないと言っていたか。
そうなれば放課後の教室というのは物凄くいい環境で。
「それならやっぱり来て、僕に送られても怖いでしょ」
「その自己評価低いのなんとかしろよ」
「そう言われても……僕はほら、嫌がられているわけだからさ」
綺麗すぎて怖いという感情は初めて抱いた。
基本的に冷たくて近寄ったら切られてしまうんじゃないかって迫力がある。
冬の夜によく合っている人だ、笑ってくれたら別なんだろうけど。
「分かった、じゃあいまから行く」
「うん、気をつけて」
案外、この子の元彼氏が丹羽君だったり――なんてことはないか。
丹羽君のお姉さん好きはすごすぎるから他の子が入るスペースなんてない。
この前偉そうに言ったことがあんまり影響していないといいけど。
結局のところは彼次第、後はお姉さん次第ということになるんだから。
「来たぞ」
「早いね」
少し汗をかいているところを見るに走ってきたんだろう。
お姉さんのために急げるというのは格好いいかもね、異性にモテるのも納得できる行動力。
「3階に行ってきたらどうかな、先に帰られても困るだろうからさ」
「そうだな、終わったらここに来るように言ってくる」
いや、そもそも帰るまで一緒にいてあげればいいのでは?
よく分からないな、最初から帰らないで3階に行っておけば良かったものを。
「丹羽と仲いいんだ」
「いや、丹羽君が優しいだけだよ」
そういえばいたんだったか、隣の席でも2メートルぐらい冗談抜きで離れているから忘れかけてた。
なるべく不快にさせないために見ていないからというのもあるのかもしれない。
「あと、湯浅ともたまに一緒にいるよね」
「最初の席でも隣の子に嫌われててね、その子とのことをなんとかするために協力しただけ」
たまたま後ろに行きたい子がいて助かった形となる。
もうそこから先は知らないけどね、変わった子がまともかどうかも分からないから。
「ちゃんと言ってきたぞ、姉ちゃんも分かったって言ってくれた」
「良かったね」
ああいうのがなければ姉弟仲というのはいいんだろう。
当然の話だけど、家族や親しい友人しか見られないお姉さんの柔らかい一面っていうのがあるはずで。
なんとなく見てみたくはあるが、僕らはこれ以上の関係にはなれないことが分かっているから諦めていた。
「というか、なんで酒井も残っているんだ?」
「それは……黒田が残っていたからだよ」
「また騙すためにか?」
「騙すなんてしてないっ」
過去のことを言っても仕方がないから丹羽君にはやめてもらうことに。
「なんでお姉さんの――待って、お姉さんの名前を教えてくれない?」
「それは本人に聞け」
「じゃあ無理だ……」
「なんでですか?」
なんでってそりゃ、一緒にいるのすら難しい相手だからだ。
急にこうして現れても今度はぎゃあってなったりはしない。
酒井さんの前でそんなのを見せたら確実に広まるからね。
「もういいのか?」
「はい、あなたが待ってくれているのにあまり遅くまではできませんから」
「別にいいのに、俺だったらいくらでも待つぞ」
「駄目ですよ、流石にそこまで自分勝手には行動できません」
残念ながら僕の方はまだ残らなければならないから気をつけてくれと言って勉強再開。
「この前もしていましたよね、偉いですね」
「時間つぶしですよ、これぐらいしかやることがないだけです」
本気でしているこの人には敵わない。
それどころか大半の人にも勝てやしない。
「俺が暇だったら寝て過ごすけどな」
「皓平君はもう少し真面目にやってください」
「なんで!? なんで黒田は褒めておきながら……」
「こうして真面目にやっているからです」
君付けで呼ばれているのか、いいなあ。
綺麗なお姉さんに君付けで呼ばれたらそれだけで満足できる自信がある。
そのときに笑っていてくれたら……へへ、いくら他で悪口を言われても我慢できるね。
「黒田は何時まで残るつもりなんだ?」
「20時45分までだね、兄から帰るなって言われててさ」
「ある意味部活組より長く残るつもりかよ……ま、俺らは帰るわ」
「うん、じゃあね」
待ってっ、酒井さんも連れて行ってくれ!
が、そんなことを直接言うわけにはいかず、教室にはまたふたりきりになってしまった。
「綺麗な人だった」
この反応の感じ的に初めて見たのだろう。
あまり丹羽君といるところは見たことがないから関わりも薄いのかもしれない。
「黒田って意外と普通に話せるんだね」
「うん、活かせる機会が少ないだけでね」
湯浅さんのときとまんま同じやり取りをしている。
ひとりでいるからってみんながみんな話せないということではないのだ。
「意味のないことだと分かったうえで言わせてもらうけどさ、こんなに遅くまで残っていていいの? お母さんとかに怒られるんじゃ?」
「うん、どうせ早く帰っても意味ないから」
彼女は「彼氏にも振られたし」とまた余計なことを言ってくれた。
演技じゃない、作戦じゃないということならみんなに言ってくれればいいのに。
もしそうなら昨日あの時点で言っていた、だからつまりこれも結局作戦の内なんだ。
「でも、帰り道はひとりだよ?」
「そんなに一緒にいたくないの?」
「君に話しかけたことで僕の評価は余計に悪くなっているわけだしね」
明日もまたなんらかのことで盛り上がるんだろう。
やめろと言うつもりはない、言ったところでなんにも変わらないし。
もしそれで届くのであればここまで嫌われてなんかいない。
「ま、君らが僕のことを気に入らないのは分かるよ、僕もなるべく嫌な気持ちにさせないように頑張るから……だからその……」
いや、やめろなんて言うな、自分が無意味なことをしてどうする。
ここにいても全くやる気が出ないからもう帰ることにした。
この前ふたりが話していた公園を利用し時間をつぶし、21頃になったら家に向かって。
「ただいま」
「言うことを聞かなくていいって言ったのに」
「いや、そういうわけにもね……」
家族とすら不仲になったら流石に終わる。
不満はもちろんあるがなんでもぶつければいいわけではない。
ある程度は従っておくのが1番なのだ。
「黒田、ちょっと来て」
「うん」
付いていったらそこは空き教室だった。
そして窓際の最前列、その席に阿部さんが座っていた。
「叶子が謝りたいって言ってきたからさ」
「いや、寧ろ僕がなんらかのことで怖がらせていたんだから謝るのは僕じゃない?」
「黒田はなにもしていないでしょ」
なにもできていないとも言える。
警戒させないために彼女、湯浅さんの斜め後ろにいることにした。
「叶子、黒田を連れてきたよ」
「衿花ちゃん……」
存在しているだけでそこまで不安そうな顔をされるってある意味才能だと思う。
相手が喜ぶようなことではないから褒められるようなことではないが、いるだけで嫌われてしまうのであればもうどうしようもないことは決まってしまっているわけだ。
「ほら」
「……ごめんなさい」
んー、これって本当に彼女の意思なのかな。
凄く言いづらそうだし、なによりこっちなんか見ていないんだから。
「謝らなくていいよ」
そんな細かいことはどうでもいい。
言わされているのか自分の意思でかは分からないが、今回も折れることしかできないのだ。
許さないなんて言ったら湯浅さんもなんでってぶつけてくるだろうし。
「最後に聞いておきたいんだけど、君は僕のなにが不満だったの?」
これもまた顔だとしたら……悲しいな。
「……みんなが悪く言っていたから」
「そっか」
顔よりはまだマシで良かった。
とはいえ、少しは本人に聞いてもらいたいものだ。
みんなが悪く言っているから悪い人だと考えるのは短絡的すぎる。
でも、多数がそう言っていたらそれが正しいということになってしまうのかもしれない。
「ちなみに湯浅さんはなんで悪く言ってこないの?」
「悪いところが見つからな」
何故そこで止まるんだ……。
彼女は少ししてから「自己評価が低いのは悪いところ」と答えてくれた。
ネガティブな感じをあまり表面に出さないようにしているが完全に抑えるのは無理。
かろうじてやれているのは家族が優しくしてくれるからにすぎない。
それさえなかったら中学生時代に不登校になって終わりだったと思う。
だから家族というのは重要なんだ、多少のわがままぐらいは聞いてあげなければね。
「さてと、これで後は酒井さんと戦うだけか」
「なにもできなさそう」
「なんでも作戦だから気をつけないといけないね」
無視しておくことが1番ではないだろうか。
できるかどうかは分からない、そういうもの、胸が痛くなるから大変だった。
「こんにちは」
また母と買い物をした後に遭遇した。
湯浅さんならまだ良かったけど、残念ながら相手は酒井さんで。
「ちょっと、無視しないでよ」
早くも負けかけているけど頑張るぞ。
「亮、私は先に帰っているわよ」
「あ、うん――って、待った!」
「なによ? 大きな声を出すのはやめなさい」
いや、なに当たり前のように荷物を持って帰ろうとしているのか。
最後までやらせておくれよ、そうすれば酒井さんだって諦める。
これを優先しなければならないと手で示して歩き出した、なんなら母が持っていた物まで全て預かって早歩きでね。
「待ちなさい、話しかけてきてくれているのだからきちんと対応しなさい」
「今日は喋れないんだよ」
「喋っているじゃない、荷物は私が持ち帰るからいいわ」
ああ! どれだけ怪力パワーなのか、あっさり取られてしまう。
一緒にいたからってどうせなにがどうなるというわけでもないのに。
「無視した以外は偉いね、お手伝いをして」
まだ諦めない、決めてからたった2日ぐらいで終わらせたくなかった。
「無視しないでよっ」
やることはないので聖域に向かって歩いていく。
「あら、休日に会うのは珍しいですね」
「こんにちは」
「なんで丹羽先輩には反応するの!」
ああ、不思議そうな顔でこちらを見てきているときも綺麗だなあ。
ファッションに疎い僕でも分かる、なんか高そうで小洒落た服を着ていると。
もしお姉さんが自分の彼女だったら……へへ、そんな可能性はないけど想像するだけで楽しすぎてやばい。
「あの、思いきり握られていますけど大丈夫なんですか?」
「はい、大丈夫ですよ。それより今日はどこかに行こうとしていたんですか?」
「これから図書館に行こうとしていたんです、家では皓平君がやか……元気ですからね」
「羨ましいですよ、丹羽先輩が姉だったら凄く安定して楽しい時間を過ごせそうです」
「なにもしてあげられないですけどね、相手をしてあげてくださいね」
もう少しぐらい付き合ってくれればいいのにとは思いつつもわがままは言わず。
「で、なんなの?」
「やっと喋った……なにを勘違いしているのか知らないけど、本当に作戦じゃないから」
「じゃあそう言ってくれればいいじゃん、でもそれができないということはつまりそういうことってことなんだよ」
できる限り今日だけで付きまとわれるのは終わりにしたいので向き合う。
不快と言われてから初めてした行為だった、簡単に言えばちゃんと顔を見た。
「……本当に振られて悲しかったんだもん」
「それは残念だね」
どれぐらい続いていたのかは分からないが、お互いに好きだから付き合っただろうにね。
理由はなんだろうか、少し性格に難有りっぽいから手放そうと判断したのだろうか。
「……嘘泣きとかできないし、そんなことをしても後の自分を苦しめるだけだから」
「分かったよ、じゃあそれでいいからこの話は終わりにしよう、別に学校でそうじゃないとか言わなくていいから」
よし、話も終わったし帰――ることができなかった。
「ちゃんと言うから」
「そう?」
どうやら言ってくれることになったらしい。
それならそれで多少はマシになるからいいか。
「それと……顔が不快とか言ってごめんなさい」
「いいよ、あ、なんで嫌われているのか知らない?」
「分からない」
誰かが率先して悪い噂を流しているとかだったら分からないはずがないからな。
やっぱりこの問題はどうにもならなさそうだ、高校卒業までの辛抱ということで片付けておくこう。
「湯浅さんにも聞いてみた?」
「うん、同じように分からないって言ってた」
あれ、さん付けになってる? いや、最初からそうだったか……?
とにかく、僕はもしかして悪い霊に憑かれていたり……とか?
1回そういう人にお世話になるのもいいかもしれない。
正直に言って霊とか(笑)って感じのスタンスなので物凄く嫌ではあるが。
彼女と別れ家に帰ったら仏壇に手を合わせた。
「お祖父ちゃん……どうかこの僕を救ってくださいっ」
「なにやっているのよ、そんなことを言われてもお父さんだって困るでしょう」
「いや、学校で上手くいってなくて」
あ、母の父が亡くなってしまっているのであって、僕の父兼母の旦那さんはいまも元気に生きて働いてくれている。
でも、母の父は優しくて良かったなあ、色々な物を買ってくれたりしたし亡くなったときは母以上に泣いたものだ。
「だから風邪なのに無理して行ったの?」
「ち、ちが……皆勤を逃したくなかったのです」
「きちんと言いなさい」
そこで初めて小学生時代から何故か人から嫌われていることを説明した。
今回はどうしようもなくなってお祖父ちゃんを頼ろうとしたということも全て。
「はぁ、だから学校での話を全くしないのね、聞いても『大丈夫』しか言わなかった理由が分かったわ」
授業参観などに母が来た際にはみんな上手く隠していたからいままでばれなかったことになるわけだが、今回の風邪みたいに分かっていないことが意外だった。
母は鋭いから少しでも違和感を感じればずびしっと言ってくるから。
「なるほど、健一に言っていなかったのもそういうことなのね」
「あとは家族だけが希望だから不仲になりたくないって思って言うことを聞いていたんだよ、お母さんの手伝いを多くするのは単純にお世話になっているからだけど」
荷物持ちぐらいしかしてあげられないから行けるときは必ず付き合う。
掃除とか洗い物とかすればいいじゃんって言うかもしれないが、母は結構完璧主義なのでやり方が不効率だったり洗い残しがあったりすると結局母がやることになるから遠慮している。
二度手間になっちゃうからね、別にやりたくなくてやらないわけではないんだよ。
「ということは、湯浅さんとこの前の子には嫌われているのね……」
「き、嫌われ……」
てないなんて言えないよなあ、少なくとも酒井さんからは嫌われているわけだし。
丹羽君も本当のところは分からない、近づいて来てくれるけどね。
「根岸先生と話をしてみるわ」
「え、もしかして来るの?」
「あなた達だけでどうにもならないなら担任の先生に動いてもらうしかないもの」
「大丈夫大丈夫! もう結構いい感じになってきているから」
そんなことさせられるわけがないでしょうが。
逆効果になる、根岸先生からも嫌われてしまうかもしれないから勘弁してほしかった。
いやありがたいことなんだけどね、僕のことを考えて言ってくれているわけなんだから。
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