04話.[仲良くなれない]

「これやっておいて」

「うん」


 実は隣の席の子と同じ係というのが現状で基本全てを任されていた。

 彼女はあくまで面倒くさいからだというのは分かっているが、失敗などを恐れずに僕に任せてくれるのはありがたかったりする。

 中途半端に手を出されて結局放置されました、僕が怒られましたじゃ話にならないから。

 快適に過ごすためなら多少の妥協ぐらいはしよう、基本的にこちらから折れておけば面倒くさいことにはならない。

 そこまでこちらに興味があるというわけではないのだから尚更のことだ。


「黒田さあ」

「なに?」

「いや、これからも全部やってね」


 なんだそりゃ、少しは湯浅さんを見習おう。

 まあいいんだ、自然と教室にいなくて済むから。

 係の仕事をしっかりやらなければみんなが困るし、なにより先生に怒られる。


「これやっといて」


 放課後になったら速攻で帰ろうとしていた僕を彼女は邪魔してくれた。

 なんだと見てみたら今日出された課題で。


「自分で書かないと怒られるよ」

「式と答えだけ薄く書いておいて」

「その間、君は?」

「友達と話すに決まってんじゃん」


 決まっているのか、それならさっさとやって帰ってしまうことにしよう。

 普通にできるレベルだから5分もかからずに終えて教室を出る。

 もちろん紙はちゃんと彼女の机の上に置いてから出たけどね。


「ちゃんと言わないとだめだよ」

「あ、湯浅さん」

「あのままじゃ要求がエスカレートしていくだけだよ」


 そうは言われても味方がいない僕は自分でなんとかしなくちゃいけないのだ。

 ある程度は受け入れておくしかない、ただそれだけが自分にできること。


「気をつけてね」

「いや、それは黒田でしょ?」

「違うよ、帰り道の話」


 現時点でもう暗くなっているから早く帰った方がいい。

 これからどんどんと寒くなることは分かるから僕も急いで帰るつもりでいる。

 今日は送ってとは言ってこなかったので走って帰った。


「おかえり」

「ただいま、最近早くない?」

「終了時間がばらばらなんだよ、頑張れば頑張るほど早く帰れるんだ」


 そんな会社に僕も務められたらいいと思う。

 自分が頑張った分だけお給料が上がって、早め早めに帰れてみたいな理想の環境。

 良好な人間関係を築けるようなところであればもっといい。

 ……学生時代でさえこれだから不安ばかりだけど、不安になってばかりでいるのも馬鹿らしいから常に夢を見ていたかった。

 理想を追い求めたい、少しでもそれに引っかかればいいから。


「ん? なんか疲れた顔をしていないか?」

「それは兄……疲れた顔をしていないね」

「働くのは好きだからな、勉強をしているよりよっぽどいいよ」


 兄は豪快な笑みを浮かべて「金も手に入るからな!」と言った。

 僕も将来そういう風に言えるようになりたかった。




「黒田、これ」

「うん」


 数日が経過してもやらされることには変わらない。

 こういうときに限って係の仕事も多いし、課題のプリントもよく出るわけだ。

 中々どうして上手くいかないようになっている、少しだけ他の子よりハードな感じだった。

 ま、もっと苦労している人もいるから地獄だなんて言うことはできないけども。


「ふぅ」


 だからトイレにいるときが物凄く楽だった。

 流石にあの子もここまでは入ってきたりはしない。


「黒田っ」

「わぁ!? って、丹羽君か……」


 関わる子全員同じ呼び方をするからびびる。


「今日の放課後にバッティングセンターにでも行かないか?」

「僕はいいけど他の子に誘われていたりしないの?」

「……実は湯浅から誘われている」

「え、じゃあ行ってきたらいいよ」


 それなのに彼は物凄く不安そうな表情を浮かべていた。

 彼曰く、お姉さんではない異性と行動して気持ちが揺らいだりするのが怖い、だそうだ。

 案外すぐに好きになったりする可能性もあるからないとは言えない。


「怒らないで聞いてほしいんだけど、お姉さんに対するそれと湯浅さんとか他の子に対するそれは別の感情ということでいいんじゃないかな」

「それって実の姉弟だから……無理って?」

「うん、ごめん、やっぱり血の繋がった姉弟でそれっておかしいと思うから」


 けど、大して仲の良くもない人間からこんなことを言われたら嫌だよな。


「ごめん、忘れてくれればいいよ」


 好き同士だからいいとかそういうことではない。

 お姉さんも同じように考えているのであれば後は本人達次第だけど、少なくとも外で見るお姉さんからは全然それが伝わってこないのだから言えるのは先程のことだけだった。

 だから叶わないことを追うぐらいなら同級生でも後輩の子でもいいから探すべきだ、どうせ無理だけどと考えて行動し続けるよりはよっぽど幸せな時間を過ごすことができるはず。


「戻ろうか」

「……放課後、湯浅と行ってくる」

「うん、あの子は暗いところが怖いみたいだからちゃんと見てあげて」

「ああ、一緒にいる以上はな」


 ちなみに僕の方は今日の放課後も彼女の手伝いをすることが決まっている。

 寧ろ嫌いな人間に触られたりしていいのだろうか。

 僕だったらまず間違いなく嫌いな子には信用できないから触らせないけどな。




「ここ」

「分かった」


 もう逆に頼まれない方が違和感がすごいからいいかもしれない。

 丹羽君と湯浅さんは先程出ていったから明日になったらちょっと仲良くなって帰ってくることだろう、対する僕の方もこの子と少しでも仲良くなれればいいんだけどなあ。

 で、掃除をしたり任された物を職員室へ持って行ったりして戻ってきたときだった。


「ど、どうしたの?」

「うっさい……」


 隣の席の子が泣いていたのは。


「あ、ちょうど温かい飲み物を買ってきたんだよ、これあげる」

「……いらない」

「いいからいいから。それと、少しでも吐いてみない? そうしたら楽になるかも」


 が、信用できない人間にそんな愚痴は言えないか。


「あー! 黒田が泣かせてるっ」

「うわまじかよっ」


 お? ん? と困惑している内に彼女を守るかのように間に立たれてしまう。

 まるでついにやったのかと言いたいぐらいの雰囲気で。

 あ、これは……そういう計算だったということか。

 彼女は別に笑ったりはしていないけど、きっとあの俯いている状態で恐らく……。

 なんか勝手にふたりで盛り上がりながら勝手に廊下に出ていってしまった。

 こうなったら翌日に噂が広まっているパターンは確実で、残っていても仕方がないからさっさと家に帰ることにする。


「あ」


 公園で話していたのか、寒いのによくやるなあ。

 なにを話しているのか少し気になるけど、そんな空気の読めないことはしないで帰る。


「ただいまっ」


 こたつ内に突撃したら残念ながら点いてはおらず。


「おかえりなさい」

「もしかして使ってなかった?」

「ええ、さっきまで部屋の掃除をしていたのよ」


 じゃあ先にお風呂にでも入ってこようか。

 と、お湯を溜めたはずなのに何故か入るときにはきんきんの水だった。


「お母さん……機械壊れてる」

「なに言っているのよ、電源を入れてないだけじゃない」

「え、じゃあ切ったお母さんが悪――」

「し、知らないわ、もったいないけれど捨ててもう1度溜め直しなさい」


 従ってやってみたら今度は問題もなく。


「ふへぇ……」


 明日からは面倒くさいことになるけどお風呂だけは最高だ。


「亮、湯浅ちゃんという子が来たわよ」

「え、あ、じゃあリビングで待ってもらっておいて、すぐに出るから」


 ああ……お風呂ぉ、でも、待たせるわけにもいかないし。

 すぐに出て風邪を引かないようにしっかり拭いたり着たりしてからリビングに向かう。


「こんばんは」

「こんばんは、実はさっき丹羽君といるところを見たよ」

「え、それなら声をかけてくれれば良かったのに」


 いやいや、そんなことできるわけがないでしょうよ。


「それでどうしたの?」

「余計なお世話かもしれないけど私と丹羽君で黒田を支えられたらなって」

「あー……」

「なに?」

「いや、気持ちはありがたいよ」


 支えるってそんなことは不可能だ。

 普通は自分が対象にされないように無視をするのが1番。


「今日はもう帰りなよ、ご飯も食べたいからさ」

「分かった…………送って?」

「分かってるよ」


 外に出たらめちゃくちゃ寒かったけど情けないところは見せられないからなんにもない風に装って乗り切った。


「じゃあね」

「うん」


 少なくとも今日のあれがなければもう少しはマシだったと思う。

 が、もう起きてしまったのでどうしようもない。

 僕はまんまと作戦、罠に嵌ったのだ。


「あ、黒田っ」

「うん?」


 寒いから早くしてほしい、明日から大変になるから早く食べて寝ておきたいし。


「送ってくれてありがと」

「どういたしまして、それじゃ」


 皆勤だけはずっと続けてやるのだ。

 待て、逆に風邪で行った方がある程度対応しやすいのでは?

 あからさまに弱っていたら手加減だってしてくれそう――って、駄目か。

 早く帰ってきちんと暖かくして寝よう。




「うぅ……」


 母にも内緒にして学校にやって来た自分。

 こんなときだと言うのにやまないひそひそ声。

 ま、皆勤を逃すわけにはいかないから仕方がないのだこれは。


「珍しいな、マスクをしているなんて」

「乾燥が凄くてね」


 問題ない、ある程度はこのパワーで乗り越えられる。


「昨日黒田が酒井を泣かせていたんだ」

「え、それ本当なの?」

「ああ、この目で見たから間違いない」


 確かに目の前で泣いていたから間違いではない。

 まず間違いなく嘘泣きとしか言えないんだけど。

 だって都合が良すぎる、その後はなにをするでもなく出ていっただけだし。

 普段であれば、他の子であれば違うという声が上がるんだろうけど僕の場合は違う。

 あっという間にみんなに広まって教室内が騒がしくなった。

 それでもだるいから逃げたりはしないまま時間だけが経過。

 朝のSHRが始まり根岸先生が色々と話をしていく。

 とはいえ、ほとんどいつも通りのことだから今日は大人しくしていられそうだ。


「黒田、ちょっと来てくれ」

「はい」


 なんだ? 根岸先生が朝から話しかけてくるなんて珍しい。


「黒田、黒田のお母さんから体調が悪いという連絡がきた」

「え……ばれていたのか」

「ということは調子が悪いのか?」

「はい、少しだけですけど」


 少し動いて少し話す程度であれば問題はない。


「無理そうだと判断したら遠慮なく保健室に行けよ?」

「はい」

「それと、酒井とのことなんだが……」

「あー、そういうことになりますね」


 毎日自由に使われてついかっとなって暴言を吐いてしまったということにした。

 もう僕=あの子を泣かせたということになっているのだから意味もないし。


「すみませんでした、問題を起こしてしまって」

「……相手とだけで解決できなさそうだったら言ってくれ」

「はい、本当にすみませんでした」


 これから理不尽なことなんて沢山あるだろうからいまから経験しておけばいいな。

 というか、もうそれでもいいから席に座ってゆっくりしていたかったんだ。

 意外だったのは今日に限って隣の子がなにも言ってこないこと。

 流石に少しぐらいは騙して申し訳ないとかそういう感情があるのだろうか。

 とにかく目の前の授業に集中だ。

 今日を乗り越えれば明日は幸い休日――なんて展開にはならないけど、少なくとも今日を乗り越えれば僕は自分に勝てる。

 いままでどんなことがあってもずる休みだけはしなかったんだから。

 長いようで短い、短いようで長い。

 が、家に帰らないかわりに教室から逃げ出てゆっくりしていた。

 お昼休みというのはどうしてこうも落ち着くのか、お風呂に入っているときぐらい気にせずにぼうっとしていられるからいい。


「黒田、大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ」


 そういえばお姉さんとは仲良くできているのかな?

 風邪が治ったら少しぐらいは協力してあげられればいいけど……って、12月や1月が近づくならそんな余裕もなくなってくるのかな? 大学受験だしなあ。


「お姉さんとはどうなの?」

「普通に会話はできてる、つか……黒田はそれどころじゃないだろ」

「そんなでもないよ」


 嘘、本当はいますぐにでも帰りたいぐらいだ。

 それでも残りはたった2時間、午前を乗り越えたいまとなっては大したことないぜ。


「今度自分で謝りたいな」

「あ、忙しい人だからな」

「卒業前に謝れればいいよ」


 仲を深めようとするだけ無駄だからそれだけ。

 大体、あからさまに驚くのは失礼すぎた。

 残っていた自分が悪いのに大声を出して多分嫌な気分にさせたし。


「昨日はどうだったの?」

「普通に話していただけだ」

「そっか」


 じゃあ、湯浅さんが言っていたのはあの子個人の判断?

 それとも、誘ってきたから一緒にいることを選んだのに僕のことで嫌だったとか?

 どっちもありそうなんだよなあ、でもそれなら丹羽君とって言わないか。


「泣かせたって嘘なんだろ?」

「僕が泣かせてないって言っても信じてもらえないよ」


 根岸先生にだって偽ることにしたんだから。

 相手がクラスメイトであれば尚更のこと、こういうマイナスなことだけは嬉々として信じ込むんだから難しい話だ。


「やっぱり嘘なんじゃねえか」

「教室に行ったら泣いてたんだ、だけど話しかけている最中に男の子がふたりで来てね」

「そういう作戦ってことかい……くだらねえ」


 素で心配した僕が馬鹿だったわけだから確かに下らないかもしれない。


「それより僕といない方がいいよ、いま調子悪いからさ」

「別に気にしなくていい、どうせ俺の席は女子に占領されているからな」


 僕の席が使われることはやはりないみたいだ。

 ただまあ、変に異性に使用されても気恥ずかしいからそれでいい。

 特殊な性癖、趣味はないのだから。

 というか、隣の席の子のことだけではなく湯浅さんの友達との問題も解決できていないんだよなあとなんとなく内で呟いた。

 いまのままではただ逃げてきただけ、問題解決を先延ばしにしているだけということになる。


「どれぐらい悪いんだ?」

「あ……正直に言えば黙って座っていたいぐらいかな」

「悪い」

「いや……」


 流石に息子のことぐらいお見通しか。

 お弁当を渡して「気をつけなさい」とだけ言ってきたからばれていないと思ったのに。

 やはり母は最強だ、家のこともなんでも把握しているしさ。


「喋らなくてもいいから聞いてくれ、なんで根岸先生にあんなこと言ったんだよ? 普通は自分だけではどうにもならないなら正直なところを話して動いてもらうべきだろ、それか先生に言うのが無理なら俺らに先に言っておくとかさ」


 これまでの不安を抱え続けて爆発させる、というのは現実的すぎた。

 先生の前で文句を言われていたわけだから条件は整っていたからだ。

 多分、風邪パワーがないときでも同様の選択をしていると思う。

 先生は困ったら言ってくれて的なことを言ったけど、それは自分のクラスで問題を起こしてほしくないからにすぎない。

 ただのクラスの中のひとり、誰にだってあのように声をかける。

 だからどうやったって仲良くはなれない、正直に吐いたところで信用はしてもらえない可能性の方が高い、それどころか他人のせいにしているということで評価はますます下がるばかりで。

 もちろん、得意のネガティブな思考ってやつなのかもしれないが……。


「信用できなかったのか?」

「うん、中学時代はそういうことを友達に言ったら真逆の意味で広まっていたんだ」


 僕にも嫌われるなにかがあった、のはいまを見ていれば分かる。

 でも、納得できるかどうかで言えば、そうじゃないのだ。

 ただ漠然と嫌いだなんだ、気持ち悪いだの言われてもなんにも意味がない。

 それじゃあなにも変わらない、それだと変えられないから具体的にしてほしかった。


「ま、どうせ悪いように広まっているから丹羽君が変えて広めてもいいけどね」

「するかよ」

「はは、時間の無駄だからね」


 もうすぐで12月になる。

 期末考査が終われば冬休みになって合法的に休めるわけだ。

 風邪でも来るのは皆勤のためでもあるし、僕なりの反抗の気持ちでもあった。

 いつもやられているんだからこれぐらいはね、我慢ばっかりさせられるのは嫌だから。

 まあ、全員が全員敵ではないというのが難しいところ。

 中には興味を示さずに自分らしく生きている子だっていることだろう。

 そういう子にうつしてしまったら申し訳ないけど、一応うつさないように対策をしていくからあんまり責めないでほしい。


「風邪が治ったらバッティングセンターに行こうぜ」

「はは、好きだね」

「おう、いまは姉ちゃんのこととかも含めてすっきりさせたいんだ」


 付き合ってもらってばかりじゃ悪いから行くことにしよう。

 僕も少しこのもやもやとした気持ちを吹き飛ばしたかった。

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