5

「さあ、どうぞお召し上がり下さい」


 倒れた私が運ばれたのは先程の応接間とは別の部屋であった。

 暖かな暖炉の近くで簡易寝台の上に横にされていた様だ。

 暖炉の反対側には銀の燭台がいくつも乗った長い食卓が置かれていた。

 壁の燭台は電灯に置換えられているのだろうが、光度が低く、照らせる範囲は蝋燭と然程変わらない。


 今、私はその食卓の椅子に腰掛け、料理が運ばれてきた。

 銀の覆いに遮られ中身は分らないが、わざわざ覆いを掛けると言う事は暖かい料理なのであろう。


 博士は至って笑顔である。

 そこには悪意は微塵も感じられない。

 私自身、食べれば多少は恢復するだろうとも思った。

 そう、この疲れがいけないのだ。


 外された銀の覆いの下から、大量の湯気と共に現れた皿の上には、赤い汁に塗れた赤子が乗っていた。


——オギヤア——


 付け合わせに嬰児と胎児も添えられて。


——オギヤア——

——オギヤア——


「な……!?」

 私は呻くしかできなかった。

「おやおや、如何されましたか?」

 博士は事も無げに訊ねて来る。


「これは……赤子ではありませんか!?」

 ようやくそれだけ口に出す。

「あ、貴方は、何と言う事を……帝国臣民の血税を、こんな頽廃的で冒涜的な事に……」

 なんとか大義名分だけ口に乗せられたが、それ以上が続かなかい。


——オギヤア——


「おやおや」

 博士は微笑んでいる。


——オギヤア——


「何か、見間違えられていらっしゃる様ですね」

 そう言うと、再度皿の上を手で促す。


——オギヤア——

——オギヤア——


 あの「声」が再び私の中を犯しだす。


「これが、マンドラゴラなのです」


 博士の声は、ゆっくりと私の中に響き、あの「声」を中和する。


「見間違えるのも無理は御座いません」

 博士は笑顔のまま続ける。

「仙界の食物として出されたマンドレイクを赤子と勘違いして食べられず、仙人になり損ねた、との話が伝わる程です」

 ひと呼吸置くと、再度皿を手で指し示す。

「しかし、これはただの『植物』ですので、ご安心をば。滋養の程も先程御覧入れた通りに全く素晴らしいものです」

 再度皿を見ると、そこにはうねうねとした朝鮮人参の様な物の煮付けが乗っているだけであった。

「それに、他の多くの漢方薬と違い味も良いのです」

 博士はそう付加えると、付け合わせの小さなマンドラゴラを摘み、一口で食べてしまう。

「ね?」

 悪戯っぽい微笑みが添えられる。


 これも調査の内と、何とか一口食べる。


 ん。これは——

「うまい」


 思わず口にする。


「うまい。うまい。うまい。うまい……」


 五臓六腑に活力が注入される様な感覚を得る。

 気が付けば完食していた。


「ああ、因に」

 博士は薄く微笑む。


 何か、拙かったか……?


 ふと、最初のラットを思い出す。


——「薬」と「毒」は同根ですから——

——脳卒中等を引き起こします——


 博士は何故か参謀本部の事を知っていた……


——暗殺等にも便利にお使い頂けます——


 私は、博士の目を見た。

 愛おしげに細められている。


 迂闊だった……!


 匙を取り落とす。


「おや?如何されましたかな?」

 博士は悪戯っぽく笑っている。


「まだ、不慣れなのでしょう」

 博士は続ける。


「しかし、ご安心を。先程のは薬効成分を抽出・濃縮する故に発揮されるもので、そちらはあれ程急激な変化は招きません。精々、疲労の恢復が早い程度です」


 ん?

 安全、なのか?


「まあ、そんな不安になられずに。僕は僕の研究が認められるのが嬉しくて堪らないだけなのですから」


 黒と銀との髪の御簾越しに博士の潤んだ目が笑う。


「如何です?薬膳としましても破格に美味しいでしょう?」


「は…ははは……はははは」

 気が抜け、そのまま声が漏れる。


「いや、博士も人が悪い。なにせ、あんな実験を見た後ですから……」

 なんとか、人の会話に戻そうとする。


「僕も、御覧頂いて、恐悦至極ですよ」

 博士は大きく微笑む。


——オギヤア——


 また、あの「声」が聞こえる。


——オギヤア——


 今度は、外から。


——オギヤア——

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