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「それで、マンドラゴラと云うのはですね、これは西洋では古代ローマ、大プリニウスの時代には既にその記述が確固として有りまして、僕はオックスブリッジやボロニア大学辺にも赴きまして調べたのですよ。ところがこれが困った。古代からあるにも拘らず中世から続く大学にはそんなオカルト、これは『異端』と言う事なのですがね、キリスト教の『正統』から見て。そんな錬金術にも関るオカルトな物の資料は殆ど残していないし、研究もされていなかったのですよ」
浦賀博士は饒舌であった。
ただ、彼の声には不思議な魅力が有り、一方的に話を聞いていても特段に不快ではなく、寧ろ随分と面白おかしく聞けた。
「しかりして、今日的解釈ではマンドラゴラとは朝鮮人参を西洋人が誤認したもの、との仮説が定説化しつつあるのですが、しかし、それは違うと思うのです。僕は。慥かに、一部、薬効の観点からも朝鮮人参と混同されたものも有りましょうが、しかし明確に異なる点もある。例えば『抜く際の叫び声を聞くと死ぬ・発狂する』と言うのがこれです。漢方で一々人が死んでたらこれは全く大事ですよ。そこで、僕は西洋人が見落としている別の側面、それは全く東洋的な、我々だからこそ得られる慧眼なのでありますが、そこに思い至った。それが『練丹術』です。この練丹術は西洋の錬金術と似たモノなのですが、しかし明確に異なるのは、錬金術が『世界の仕組み』その物を弄ろうと云うのに対し、こちらは仙人になって『世界の仕組み』と同化しよう、と云うのです。で、ここには何と水銀が『不老長寿の妙薬』として出て来る。勿論これは現代科学に照らして全くの誤りですが、重要な点は『毒と薬は同根』と言う思想部分です。同根というのは詰まり、強い薬を下手に扱えば死をも招く、と言う事でありまして、これはまた逆次でみましたら、人が死ぬ程の強い毒は転じて強烈至極なる霊薬にもなり得る、ともなるのです」
練丹術?
どうも、唐代より中華帝国の内に続く道教の一端らしい事はわかるが、それとてオカルトと何が違うのだろうか。
だいたい、理屈は分るが、所詮毒は毒であり、致命的なのは避けられまいに。
「而して僕は『神農経』と言う書物に行き着いたのですが、この書物も千年以上前にその原典が消失しておりました。ただ、幸いにして『神農本草経』の中にその植物部分の写しが遺っていた。『植物部分』と言うのは詰まり他に『鉱物』も『薬』として扱っていたと云う事でして、これは今日的観点からも興味深いのですが、少し話がずれますね。で、僕が欲しいのはこの部分なのですから、これは大いに助かる、と、するとそこには有ったのですよ、人参とは別の『マンドラゴラ』が……」
そう言うと、博士はおもむろにソファから立ち上がり、応接間の更に奥へ続く扉に近づいて行く。
「これより先は、実際に御覧頂いた方が早いですね。さあ、どうぞ」
その言葉に促されるまま、私は扉の奥へと向かった。
——オギヤア——
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