第10話 秘密の隠し事 公然の隠し事

 さっきまでの穏やかな感じではなく、少し冷たい雰囲気でそう質問をしてきた。

 隣に視線を送ると、彼女が真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 少し怖いなと思いつつも気のせいだろうと思い続ける。

「実はノートなんだけど......」

 こう言うと彼女は急に動揺した様子で、

「へ、へぇ~。ノートね。ちなみにどんなノートなのかな......?」

 声が少し震えたようにも感じた。

 俺は鞄を開け、さらに続ける。

「いやー、それがさぁ。ノートというよりも日記みたいな?」

 その瞬間、明らかに空気が変わったのを肌で感じた。何故だか分からないが、漠然とした不安に駆られる。

「......見たの?」

 不安は見事に的中していた。この反応は明らかにおかしい。恐らくこのノートの持ち主は彼女なのだろう。

「い、いや、見たと言うか。なんというか......」

 苦し紛れの言い訳をしてみるも既に遅かった。

 俺がそう言った瞬間ーー

 彼女は凄い剣幕で、俺に近づき俺の鞄に手を伸ばした。

「あっ、ちょっと、やめっ......」

 寸前で彼女の手を掴み、動きを止めた。

 細く色白で綺麗な手を触った感触が、妹のそれとは違い、天道桜が女の子だということをよりいっそ感じさせられた。

 と、同時にそんな彼女の方を見てみるとーー

 今まで見たことのない表情をしていた。何の表情とかいう一言では表せれないような恥ずかしさと驚きと動揺と困惑と不安と希望とが入り交じったとも言うべきだろうか。

 感情のキャパオーバーにより、今にも泣き出しそうな憂いのある瞳はどこか儚げであり、俺は彼女のその顔からすぐには目が離せなかった。

 彼女はそんな俺の視線に気付いたのかこちらを見たと思いきや、その隙に鞄の中に手を入れる。

「あっ、待って!わかった!わかったから」

 ここまで来たらもう言い逃れは出来ないであろう。俺は観念することにした。

 まぁ、そうじゃなくてもあんな顔見せられたら逃げる訳にはいかない。

 彼女はスッと手を下ろし、俺が鞄の中からノートを出すのを大人しく待っている。

 ノートを返してもらえるとわかって、少し落ち着きを取り戻したのだろうか。

 目線こそは合わせないが、鞄の方をじっと見つめている。

 俺は彼女の期待に応えなくてはならないという思いにられて鞄を開け、中のノートを探す。

 鞄の中に手を入れて、がさがさと音を立てながら探し始める。

「あれっ?どこだっけな」

 恐らく、見られてはいけないものということで鞄の奥底に入れてあるのだろう。

 すぐに見つけて取り出すことができない。

 隣で天道桜であろう視線がものすごく熱烈に送られてきていることはわかっている。

 そんな彼女の眼差しを尻目に俺は真剣な面持ちで鞄の中を探す。

 鞄の奥に自分のではないノートが見つかる。

 そのノートを取り出し、見つかった事を報告するために少しわざとらしく、

「あっ、これか」

 と、言い放った瞬間ーー

 彼女はまたもや凄い剣幕でノートを奪い取った。

 その迫力に負けてしまい、俺は次に話す言葉が全く浮かばずに呆然と立ち尽くすしかなかった。

 さらには、彼女が次に話す言葉が全く予想ができないため動けずにいた。

 思考は動いているはずなのだが、思考停止しているのと同程度の思考しか出来ずにいるため、自分から次の行動に移れない。そんな待ちの姿勢で秒針を見送る。

 辺りは静寂に包まれながらも緊迫感が漂う、なんとも居心地の悪い空間になっていた。

 彼女の顔も見ることが出来ずに、彼女の手に持ったノートを見ているだけで、この後どうなってしまうのだろう。ということだけが頭をぐるぐる駆け巡る。

「......見たの?」

 ようやく彼女が口を開いた。

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