第9話 豚にも衣装 孫に真珠

「じゃあ、またねー!」

 と、河合瑞希が元気良く別れの挨拶をしてかけていく。

 俺と天道桜も自分たちの教室へ入る。

 中には半数程度の人たちが委員会召集から帰ってきていて、目立つことなく教室へ入ることが出来た。

 俺たちは特に会話を交わすこともなくお互いそれぞれの席に座った。

 (ふぅ~。後は掃除だけか)

 と、本日のノルマを頭の中で再確認し、その時を待つ。

 ほどなくすると、クラスみんなが戻ってきて担任であろう女性の鑑野鈴が入ってきた。

「えー、みなさん。本日はお疲れさまでした」

「お疲れさまでしたー」

 始業式から二日後の登校三日目にして六時間授業だ。みんなからは少し疲れが見える。

「みんな、委員会は頑張れそうかー?」

「無理ー」

「任せてー!」

「びみょー」

 色んな意見があったが、無理と言っていたやつに同情する。

「まぁ、みんな色々と大変だと思うが今年一年よろしくお願いします」

 そう言うとクラスの生徒は、

「はい、わかりましたー」

「よろしくお願いします!」などと、肯定的な返事ばかりだった。

「それと、本日から掃除が始まる。初日の掃除は委員長。二人にお願いします」

「いぇーい!」

 軽く拍手をする者が数名ほど居た。

「それでは、また明日。解散!」

「お疲れさまでしたー!」

 そんな挨拶があった一分後には既にクラスの半分は教室を後にしていた。

 俺も掃除する前に、帰る準備を整える。

 隣で天道桜も机のなかと鞄を整理していた。

 俺は先に用意が済んだのでほうきを取りに行こうと立ち上がる。

 すると隣で天道桜がーー

「そろそろ掃除始めよっか?」

 とこちらを向いて立ち上がろうとしている。

「あっ、うん」

 と、言った後に気付いた。

 俺は今日、女の子と結構話した気がしたが、俺から話したのは片言みたいな文章にもなっていない言葉ばかりだということに。

「少し待っててね!ほうき取ってくるね!」

 箒を取るために立ち上がった俺は、箒を取られたことで、行き場を無くしてしまったような気分になった。

 教室後ろの掃除箱を開けて箒を取り出すと天道桜は優しく俺に箒を渡してきた。

「はいっ!前と後ろで手分けしよっ!」

「そうだね」

 頑張って文章を話そうとした結果、うん。以外の言葉を言えて満足の俺だった。

「じゃあ私、後ろするから高山くんは前をお願いねっ」

「あっ、うん。わかった」

 うんを使ってしまったが、わかったを加えることで文章っぽくすることができた。

 段々、女子との話し方が分かってきたのかもしれない。

 天道桜とは同じ委員長としてこれから一年間過ごしていく訳だからなんとか嫌われないようにしなくてはならない。

 とりあえず、最初の共同作業であるこの掃除で天道桜に認められる事が必要だ。

 俺はこう見えて几帳面だ。

 細かい所まで目を配りゴミを拾い集める。

 昨日、一昨日としていないだけではなく、春休みの間も恐らくしていないのだろう。ゴミというよりも埃が多く難易度は低いが労力がいる作業だ。

 教室の前を任された以上、掃除をした後に前と後ろで差があると俺は仕事が出来ない人間だと思われてしまうかもしれない。

 クラスの皆は帰り、教室には俺と天道桜以外は誰も居なくなった。

 教室中の埃を必死に集める。

「高山くん」

 急に天道桜から名前を呼ばれた。

 (いい加減にしてるかと思われた!?)

「は、はい」

 恐る恐る返答する。

「いや、そんなに固まらなくていいよ!せっかく二人で掃除してるんだし何か話した方が良いかなー?って!」

 笑いながら彼女は言う。

「あっ、そうですか。すみません」

「なんで、謝るのよ!それと敬語禁止!」

 こういう時になんて言ったら良いのか俺にはそんな言葉は持ち合わせてなかったため、とりあえず謝るしかなかった。

 だが、彼女はまたもや笑いながら今度は元気良く注意をしてきた。

「わ、わかりまし......いや、わかった」

「よろしい!」

 そこまで親しい間柄ではないのに敬語を使わないなんて失礼ではないかと思っていたが、ここは敬語を使い続ける方が失礼かと思い改めた。

「ふぅー。そっちはどうー?片付いた?」

 天道桜が一息ついて、こちらの様子を伺いにきた。

「ま、まぁまぁかな」

 と言うと彼女はーー

「え、すごーい!こんなに埃の山が!どうりで何も話さずに掃除してたわけね」

 どうやら俺の掃除は凄いらしい。

「え、そうかな?普通に掃いてただけだけど」

 少しまんざらでもない気分だった。

「いや、すごいよ!だって床が凄く綺麗だもん。こんなに良く集めたね」

 と、天道桜は俺の集めた塵の山を見ながら話す。

 俺は、またもや褒められてますますいい気になった。

「ありがとう。天道さんも綺麗だよ」

 ここはお返しで褒められたから相手の事も褒めようと思い、彼女に言った。

「えっ?」

「えっ?」

 お互い見つめ合い、『えっ?』と目を見開いている。そこで、一つの仮説が思い付いた。

『天道さんも綺麗だよ』という言葉を彼女が掃除をした床の事のつもりが、言葉足らずで彼女自身を綺麗と褒めたように受け止めたのではないか。

 そう思うと急に恥ずかしくなり、少し慌てて念のため言い訳をする。

「あっ、ほら。あそことか綺麗!」

 と、教室の後ろの隅っこを指差した。

「あっ、そうだよね。ありがとう!」

 と、彼女も落ち着きを取り戻した様子で返事をした。

「じゃあ、そろそろゴミを集めて捨てようか」

 変な空気になりかけたので、仕切り直す。

「うん。そうだね。わかった」

 と、天道桜がちりとりを取って俺が箒で掃いてゴミを片付けた。

「よしっ、終わり!」

「はい!」

 二人とも元気良く終わった事を口にした。

「また敬語になってるよー?」

 笑いながら彼女はそう言う。

「いや、このはい!はそういうんじゃなくてーー」

「はいはい。高山くんっておもしろいね」

 言い訳をしようとした所、遮られたと思ったら今度は褒められたので言い訳を諦めた。

「そんなことないよ」

 ここで、俺は天道桜を相手に普通に会話が出来ている事に気付いた。

「そうかな?私は面白いとおもうよ」

 そう言ってくれる彼女の笑顔は朝日よりも眩しく感じた。

「そんなことないけどな。でも、ありがとう」

「どういたしまして!」

 そう言うと彼女は自分の席に戻り帰る準備をし始めた。

 俺も帰ろうと思い席に戻ると彼女は、

「そうそう。高山くんは落とし物とかしたりしてない?」

 委員長の仕事ととして聞いているのだろう。さすがは天道桜である。

「いいや、してないよ」

「そっかー!なら良かった!」

 と、帰る準備をしながら話す。

「じゃあ、逆に落とし物を拾ったりとかしてないー?」

 そこで、俺は一つの名案が浮かんだ。

 今日、天道桜とは最低限話すことが出来た。  

 そして、今年一年間同じ委員長であり、落とし物も委員長の仕事の一部であり、何しろ天道桜という人間は真面目でしっかりしていて信頼できる人間だ。

 一人で返し方が分からないで困っていたあの例のノートの事を彼女に相談することが一番穏やかに解決するのではないか。

 さすがにこのノートの持ち主も天道桜に拾われたとなると、何もアクションは起こせまい。

 これは完璧な名案だ!

 というわけで、早速相談してみる。

「あっ、そうだ。この前、教室の俺の席の近くでこんなもの拾ったんだけど」

 と、鞄の中を探すために鞄を開けようとしたところで隣から天道桜のものすごい視線を感じた。

「ーー何を拾ったの?」

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